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7 自我の芽生え


 世界が白い霧に包まれていく。リセットの時に発生するあの白い霧に。全てを繰り返して、やり直してくれる優しい呪いに――


「変わる筈の無い世界で……変わり始めたピアノの旋律を聴いた」

「……ティーダ?」

「それがこの村で起きた初めての異変だった」


 今にも消えてしまいそうな命の灯火を燃やして、雨に溶けていく霧の少年は僕の腕の中で独白を始めた。彼の語る内容はこの村の繰り返しが始まってから今日までの八年間、その心の移ろいに触れていて、風穴の前で世界を白に変えていこうとする霧の魔女も彼の話しに耳をそば立てていた。


「繰り返し続けるだけの筈だった世界で、レイン(キミ)は変わり続けた。……それはかけがえの無い者を失った失意の中で、キミが自らについた()に整合性を得る為の無意識の研鑽(けんさん)であったのだろうけれど……僕には、日毎に卓越されていくその美しき旋律が……まるで成長を望んでいる新芽の様に思えて仕方が無くなっていった」


 この腕からティーダの質量が喪失されていくのを感じる。霧となって気化していく彼の下半身はもうそこには無くなっていた。


「いつしか楽想は僕の想像を超越し、この心を強く揺り動かす芸術(メロディ)となっていた。それは僕にとって……本当に、本当にっ、心打たれる出来事であったんだ」


 ほろりと流れた彼の涙も粒子となって風に消えていく。闇を上塗りしていく霧のドームの中で、僕らは少年が渦を巻いた煙になっていくのを見ている。するとティーダの視線はそこで、過去の自ら(霧の魔女)へと注がれていった。彼女もまたその事に気付いて、眉をひそめていくのが見える。


「それまでの僕は、この世界で同じ一日を繰り返し続ける事が……この村の人にとっての救いであるとさえ思っていた……」


 ピクリと瞼を動かして魔女が顎を上げた……


「私に言っているのか……?」

「……だけどそれは、僕の決め付けた幸せであって、彼らが望んだ幸福では無かった」


 その身を胸の高さまで消滅させたティーダは、僕とリズの頬に順に触れた。彼の宿した優しい瞳は、僕らを見ている霧の魔女のものと同じだった。


「その瞬間、キミたちをただ死から遠ざけ、鳥籠に入れるだけでは無責任だと感じた。……だからチャンスを与えた。自らの足で未来へ踏み出そうとする生命の尊厳の為に、|セーフティゾーン《私の霧が届かなった場所》を知っても修正しなかった。この世界の真相を解明する手助けに、イルベルトという使者を送り込んだ。……そして、人にとって修羅でしか無い外の世界を生き抜く為に僕は定めたんだ。この村の謎を全て解き明かし、定められた運命に風穴を開ける。そんな()()を乗り越える者が現れたのならば……その者をこの村から送り出そうと」


 ティーダの手が落ちて、腕に抱いていた存在は跡形も無く消え去っていった。


「人と魔族で手を取り合い、自らを取り巻いた不可能をも可能にする……そんな奇跡だけが、()()()()()()に花を咲かせられる、最後の方法だから……」

「ティーダ……」


 僕が立ち上がると、胸ポケットから懐中時計が落ちて時刻を開示した。――〇時二十一分……リセットの時まで残り数秒となった世界で、僕らは身を寄せ合いながら、世界一面を霧に染めた魔女の振り上げられた右手を追っていく。女王はそこで威光を解き放ちながら瞳を上げた。


「力無き者の声など、誰にも届かない」


 迫真の表情となる霧の魔女が、振り上げた右手に力を込めていく。おそらく彼女がその指を打ち鳴らした時が、世界がリセットされるその瞬間なんだ――


「レインっ……リセットが、私達の記憶が消されちゃう!」

「……リズ、僕から離れないで!」


 圧倒的なる力の前に、僕らは魔女に(ひざまず)きそうになった――螺旋の白が、空の果てまでも伸びて闇を引き裂き、摂理を捻じ曲げて天を突く。豪烈なる雫の嵐が、世界を取り巻いて瞳さえ開けられなくってしまう。


「もう……ダメだわレイン!」

「っ……リズ、僕は必ず、何度忘れたってまたキミの元へ……っ」

「私……だって……っレイン!」


 抗う事など叶いそうも無い驚天動地の魔術――激しい霧のさなかに呑み込まれ、僕らは何とか互いの手を取った。絶体絶命なるこの命運に、空にパチンと乾いた音が鳴り響いたのに気付いて、瞳を力一杯に瞑った――










()()()。待っていた……主との契約のリンクが完全に切られ、我が身に課せられた制約が解き放たれるこの瞬間を――」

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↓ ☆☆☆☆☆を→★★★★★へ! *毎日複数話投稿* ブクマ評価レビュー感想、皆さん何卒宜しくお願い致します。 また作中に出てくる楽曲は全て、実際の名作ピアノクラシックとなります。物語後半では特に、曲の進行と文章との時間間隔をリンクさせてありますので、実際に楽曲を聴きながら読んで頂けると本望です。
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