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4 私をこんなにしたんだから、責任取ってよ

  

 夜半、明かりを灯す事さえ忘れた僕の自宅に、豪雨の中の来訪があった。それを迎え入れた僕は、愛想笑いの一つもしないままの落ち窪んだ瞳で、レインコートのフードを外していくリズを足下から見上げていった。


「こんなに夜遅くに、ごめんね」

「……」


 僕は何も言わなかった。何も言わず、亡霊の様に玄関に立ち尽くすだけ……。


「少し上がってもいいかな?」


 僕一人だけになってしまった薄暗い家にリズが上がり込む。彼女を居間に通した僕は、囁くような声で温かい飲み物でも出そうかと問い掛けたが、彼女は首を振って、膝の先にあるテーブルの上に視線を向かわせた。


「本当にリセットするつもりだったのね」


 リズの視線の先にあるのは“ロンドベル庭園の魔草”だ。もう必要が無いから、屋根裏から一階に下ろしていたんだ。それを見てリズは察したらしい。僕が全てを振り出しにしようと、リセットの時を待っているのだと言う事を。

 しばしの静寂が走る。時刻は二十三時を回った頃合いだった。家には僕ら意外に何の生活音も無く、ただひたすらに殺風景で、テーブルの上に灯された蝋燭の一本だけが、仄かな熱を発散していた。

 その美しい青の瞳に涙を溜めて、無言の抗議を続ける彼女に、僕はそっと鉢を差し出す。


「ここまで付き合わせてごめん、期待させてごめん」

「……」

「夢を見させて、ごめん……無責任だけど、僕はもう無理だ。この花は後はキミの好きにして」


 薄紅色の大輪を差し出されてリズは顔を上げた。その拍子に彼女の大きな瞳から涙が一粒溢れるのが見えた。僕は思わず感情的になって取り乱す。


「たとえ張りぼてだとしても、僕はもう、この世界を出たいとは思えないんだ。もうお母さんも居ない、スノウの消えたこの世界に未練なんて無い。スノウの居ない世界に意味なんて無い。僕らは二人で一人なんだ、どちらかが欠けたらただの欠陥品なんだ! だから……っ!」


 僕らの間に垂れた薄紅の花弁。いつか僕とリズの心を繋げた美しき大輪を前にして、彼女は予想外の返答をする。


「いらない――」


 かつての気弱な面影はもう見せずに、確かな意志を宿した瞳が、闇夜に二つ青の光を横に振るのを目撃する。


「本当に無責任だよ、レイン」

「リズ……?」


 詰問するような口調の彼女が、涙を振り払って歩み寄って来た。椅子を押し退け、頬を膨らませながら大股で詰め寄って来られて、僕は下唇を噛んで狼狽するばかりだった。

 気弱なリズからは想像も出来なかったその迫力に、僕は後退るばかりになる。吊り上がった眉には確かな意志が宿り、僕を壁に押し付けて尚、ズイと顔を寄せて来る。感情を爆発させる事に慣れていないからか、無理をして涙目になっている彼女。そうして僕は胸ぐらを掴まれ、すぐ耳元で気丈な女性の咆哮を聞かされる。


「勝手に期待させて、私の()まで変えてしまって!」

「……っ?」

「私が望んだのはアナタとの未来なんだ。アナタが居ない未来なら私もいらない。もう全部諦めて、レインのこともみんなと仲良く慣れた事も、全部忘れるッ! なんにもいらないっ!」


 並ではない彼女の決意を前に、僕は舌を巻くしかなかった。瞬きを繰り返した僕は、こちらを上目遣いに見上げ、今にも湯気を吹き出しそうな有様で、視線を縦横無尽に走らせ始めた彼女を眼下に、唾を飲み下す。


「せめて最後に、私のわがままを聞いて……いいわよね、レイン」

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