1 命の崩壊。つんざく慟哭
四日目
この屋根裏での目覚めは何度目の事になるのだろうか? その記憶が僕自身にあろうが無かろうが、同一である筈の自己が過ごした時間は、僕の中に積み重なっていると言っても良いのだろうか?
薄目を開けた顔の上を、小さな鳥の影が通り過ぎていった。一度影になった瞼の裏を光に刺激され、しかめた顔で立ち上がる。
「しまったな、昨日の夜更かしが祟った」
“昨日”の記憶があるのを確かめながら、机の上の魔法瓶からコップに水を注いで、薄紅の花弁を垂れる“ロンドベル庭園の魔草”に水をやった。花は心地の良い鈴の音を鳴らし、心地良さそうに銀色の茎を揺らしていた。
「ん……?」
ふと僕はそこで、言葉にも言い表せない妙な胸騒ぎと、何とも言えない居心地の悪さを覚える。
「スノウ?」
相棒の姿を求めて視線を彷徨わせると、彼は浮かない顔付きをしながら部屋の隅で頭を抱え込んでいた。スノウは足を崩してラフに座り込みながら、僕が感じているのと同じ違和感を確信しているかの様に、尋常では無い様相で口元に手をやりながら、足下の一点を凝視し続けていた。
「……レイン、聞いてくれる?」
彼はこの不穏な空気の正体にいち早く察しを付けているのか、影になった部屋の隅の暗黒から、解いた髪を後ろでハーフアップにしながら僕に言った。
「お母さんの料理の匂いがしない」
「え――」
確かにそうだ。僕が胸に感じていたこの違和感、何百、何千回と繰り返し続けたこの朝に漂い続けていた筈の、お母さんの作るあの温かな朝食の香りがして来ない。
ただお母さんがいつもの時間に料理をしていない、それだけの事。そんな些細な事が、同じ一日を繰り返し続ける僕らにとっては重大極まる事件に等しく……胸に蠢くこの不安に居ても立っても居られなくなった僕は、屋根裏の梯子を飛び降りて行った――
無我夢中になって、風のように駆け降りていく階段の景色。昨日まであった食卓の柔らかな空気は消え去って、この先の光景に何か……何かわからないけれど、荒涼とした枯れた大地が広がっている様な錯覚を覚えていた。
「大丈夫、ちょっとしたトラブルがあっただけさ」
自らに言い聞かせているみたいに、背後のスノウへ必死の笑みを向ける
「大丈夫、大丈夫さ……! 僕らは同じ時間を繰り返し続けてる。お母さんだってそう。この村に囚われた者は、止まった刻の中を生き続けるしか無いんだから!」
――わかってる、そんな事言葉にしなくても。でも、だったら――どうしてこんなに心が騒めくんだ……っ!
スノウと一緒に居間へと続く扉を押し開いた次の瞬間目撃した。そして同時に、僕の心の隅を突く正体不明の不安の渦が、そこに現実となって立ち現れた事をわからされた……
「ぉ……か……ぁさ――」
「ぁ……っ」
横向きになった顔に、濁った目を剥き出し、うつ伏せになって倒れたままの――明らかに……そう、それは素人目にも一目で理解出来てしまう位に、白く、冷たく、雪の様になった――お母さんの亡骸だった。
声にもならない僕らの悲鳴が、村に轟く。




