8 少女の手を引いて、夜会へ
僕らは三人、雨の夜を駆ける。リズのレインブーツが水溜りを力強く踏む。……弾ける飛沫、フードを外した僕の顔が雨に濡れていく。
「アハハっ! 見てレイン、スノウ!」
闇を照らす外灯の連続の中で、リズは檻から解き放たれた兎みたいに軽やかに地を飛び、ステップを踏みながらクルリと回った。その後に続く僕は、火照った体に冷たい雨が降り注ぐのが心地良くて叫ぶ。
ずぶ濡れの僕らは酒場の扉を開いた。それと同時に夜会の開始を告げる十八時の鐘が鳴り響いて、前に立ったフェリスのブロンドの髪が振り返った。夜会の開催を待ち望んでいた村のみんなの視線が、一斉に僕らに注がれて少し怯む。
「レイン、その子は……リズなの?」
既に打ち鳴らされていた乾杯の余韻の中、フェリスの出した怪訝な声に村の何人かが反応を示した。
僕は敵意のある何人かの視線に相対して、リズの手を後ろ手に握った。お母さんがオロオロと狼狽える向こう側で、眉間に深いシワを刻んだセレナが立ち上がり掛け、グルタがキッチンの奥で下顎を突き出して腕を組んだのが見えた。
「待ちなよ」
――しかしそう声を上げたのは、捲し立てる様なセレナの声でもなく、グルタの罵詈雑言でも、お母さんがこの場を仲裁する声でも無かった。
「イリータ……?」
僕はこの陰険な声の中心に座した、最も意外な人物が争いを止めた声に驚いて目を見張った。
「グルタから聞いたよ。その子はね、今日この夜会の為に、一生懸命働いたんだってさ。いいかいアンタたち……」
イリータは細い目をして立ち上がり、鼻をムズムズ動かしながら語り始めた。彼女を中心としてひしめいたリズを非難する面々もまた、眉根を寄せてその声に耳をそばだてていく。
「私たちはね、その子が嫌いだよ。だけどそれはリズが魔族だからなんじゃあないよ」
ハッキリと嫌いと言われ、引きつった顔でリズはイリータを見つめた。僕らも息を呑んでその場を見守る。
「勝手に引け目を感じて、私たちを腫れ物みたいに扱って来たのはどっちだい? そんな態度を見せられちゃあ、こっちも魔族だなんだと、言うべきでない事まで口をついて出る」
鋭いが、その瞳の奥に温かみのある眼光がリズを覗いていた。
「でも今日、この子は初めて、村の一員として仕事をした……だったらそれでいいじゃあないか」
視線を外したイリータは、みんなに注目されるのがこっ恥ずかしいのか、赤くなった小鼻をポリポリと掻いて、テーブルの上のグラスを握った。
「それに……とうもろこしが好きな奴に悪い奴はいないんだ」
「……っ?」
「さ、さっさと始めなよ! もう定刻は過ぎてるんだろう!」
みんなが笑い、イリータに倣ってグラスを握った。振り返ると、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をして立ち尽くすリズが居た。僕は振り返って、リズの手を固く握ったままみんなに言った。
「リズもこの村で暮らす家族だ。夜会は村のみんなでお祝いしなくちゃなんだ。そうだよね、みんな!」
テーブルに着いたまま、全員が微笑んで手元のグラスを掲げた。瞳に涙を溜めて、なんだか嬉しそうにしたお母さんの隣で、フェリスは高らかな声を上げた。
「それではこれより、夜会を開催します!」




