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5 “呪い”


「なるほどな……そう言った話しであったか」


 継ぎ足した紅茶に一度口を付けながら、イルベルトは僕の口から語られた、“昨日”の彼との問答に思い耽っている様子だった。曇天から垂れる雫を仮面に受けながら、僅かに上を向く形で手元の湯気に顎を撫でられている。


「繰り返しか、ふぅむ」

「やっぱりキミは、それでも信じられないと言うのかい?」

「キミの言う、“昨日”の私と言うのが実在するならば、正しい判断をしたとそう思うよ」


 カバンから魔道具を並べ始めた彼はやはり、この呪いについて懐疑的な姿勢を崩さない。……だが、それならそれで仕方が無い。僕は彼の知る情報を可能な限り引き出すだけだ。

 心ここに在らずといった具合の仮面がゆっくりと商品を陳列していくのを眼下に、僕らは三人前に出る。


「教えてイルベルト。キミが見た外の世界は、僕らの村や国はどうなっているの?」 


 じっくりと顎に手を添えたイルベルトは、しばらく考え込んだ後にこう話し始めるのだった。


「キミたちは、そこの壁を越えて、外に出ようと言うんだろう? ならば、自らの目で確かめろ」


 仮面の真意が僕らには分からず、リズは強く訴え始めた。ピョンピョン飛び跳ねながら頬を膨らませている。


「なんで! 教えてくれてもいいじゃない、ねぇレイン!」


 するとイルベルトは、仮面の向こうのエメラルドの瞳で、僕らをジロリと見回すのだった。そうして両手をだらりと下げたかと思うと、片方の親指をベルトに掛ける。次に放たれた彼の語気には、物を言わせぬ気迫まで纏われていた。 


「ダメだ」


 僕らは黙り込んだ。どうしてそんなにも頑ななのだろう? 彼にそれを伝えられない理由でもあるのだろうか。それとも八年の歳月を隔絶された僕らに、伝えるべきでない()()を知っているのか。

 そこまでだんまりを決め込んでいたスノウが、僕に振り返りながら口を開く。その雰囲気の物々しさと刃物のように鋭い視線に、僕は思わず一歩後退りながら眉をひそめた。


「彼は気付いたのかも。この呪いが仮に、霧の魔女による目論みであったとするならば――その()()に」


 スノウが僕に何を伝えたいのかが一瞬理解出来なかった。この繰り返しの呪いに意味なんかがあるとでも言うのか? あの霧の魔女が、何か意図を持ってこんな田舎村の僕らに呪いを掛けたと……キミはそう言うのか? 分からない。けれどこんな無慈悲な呪いに思惑があるとするならばなんなのか……僕はこの呪いを無作為に襲い来る天災のようにしか思って来なかった。まるでそんな事、思いつかなかったのに……


 ――なのに、どうしてキミはこんな事を言う? なぜ僕が思いもよらない事を言ってのける? 

 …………どうして。


「さぁね。そればかりは、外の状況とこの八年の歳月の経過を知る彼にしか分からないよ」

「え……あっ」


 心の中で唱えたつもりがつい口に出ていたか。はたまた僕の心を読み取ったのか、スノウは僕の抱いた疑問に答えながら、風に髪を流していた。

 僕はスノウに質問を繰り返した。


「イルベルトは、霧の魔女の仲間だって事……?」

「さぁね。でも彼は魔族だ。そうであっても不思議は無い……ただ僕には、そういう単純な事では無いようにも思える」

「――そっちのキミの言う通りだ」


 ギクリとする僕とスノウ。その地獄耳で僕らの間に割って入ったイルベルトは、最後の紅茶をクッと飲み干しながら、空になったカップを膝の前で逆さまにした。


「これは単に、私が魔族であるとか、実は霧の魔女の忠誠を誓っていただとか、そういった類の理屈で口をつぐんでいるのでは無い」

「じゃあどうしてなの?」


 声を返したのは、スカートをひるがえしたリズだった。困り顔の彼女に仮面は平坦な声を返す。そっとティーソーサーをテーブルに置きながら。


「キミたちは、なぜその現象を()()だと思う……私から言えることはそれだけだ」


 ――この呪いが……呪いじゃない? 八年間も同じ時を繰り返させられるこれが、呪いと表現しなくてなんだと言うのか。口をパクパクさせる事しか叶わずにいる僕を前に、イルベルトは話しを一方的に断ち切ると、椅子に座ったままフクシアの赤い花弁の側で、魔道具をカバンから取り出し始めた。そんな背中にリズは叫び付ける。


「ケチ! 教えてくれないのね」


 ポコスカとイルベルトの背中を叩き始めたリズに、スノウがギョッとしているのが見えた。今更ながら思うけれど、極度の人見知りの筈のリズが、イルベルトに対してだけは随分と馴れ馴れしく接しているのは何故なのだろうか? 単に波長が合うのだろうか? 僕らでさえ彼に対する警戒心は未だ拭い去れないと言うのに……


「なんとでも言うが良い。私はそれが微かな可能性であったとしても、あの恐ろしい魔女に目を付けられたくは無い。これは全魔族における共通認識なのだ」


 ガタガタと体を揺すられている大男の横で、僕は一人静かに驚愕としていた。――そんな、これは魔女の呪いで……僕らのメモにもそう記してあって……。

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↓ ☆☆☆☆☆を→★★★★★へ! *毎日複数話投稿* ブクマ評価レビュー感想、皆さん何卒宜しくお願い致します。 また作中に出てくる楽曲は全て、実際の名作ピアノクラシックとなります。物語後半では特に、曲の進行と文章との時間間隔をリンクさせてありますので、実際に楽曲を聴きながら読んで頂けると本望です。
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