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4 魔力切れ(エンプティ)

 

 昨日よりだいぶ早い時刻。まだ雨の降り出さない頃合いに、僕らは例の吹き抜け小屋にイルベルトの姿を見つけた。息を切らした彼の様子からつい先程ここに辿り着いた事が分かる。今にも折れそうな細長い四肢を曲げて(言ったら怒るだろうけど、ナナフシみたいだ)大きなカバンから、これまた大きな、まるで入る訳の無いサイズの丸机と椅子を引っ張り出すと、草花と同化するかのようにして深く椅子に腰掛けて息を吐いた。まだ魔道具は足元に並べられていない。金の刺繍の入ったハンカチーフで額の汗を拭う彼は、大方村の女たちに追いかけ回された直後であるのだろうと察しが付く。


 僕らは少し慣れた様子で、一呼吸ついたばかりの彼の前に姿を現した。


「イルベルト、僕らはレインとスノウとリズ。キミに聞きたいことがあるんだ」と言った所で、イルベルトが手を突き出して僕らを制止する。

「訳の分からぬこの村に迷い込んで半日、こちらの方の疑問が山積みであるのに、私はキミたちから質問されるのか」


 嘆息した彼に戸惑っていると、イルベルトは側に置いた大きなカバンからティーセット一式を取り出す。


「少し待ってくれ、こういう時こそティータイムだ。自分のペースが戻って来る」


 華やかな薄緑のティーソーサーとティーカップ、それにティーポット。銀細工の美しいティーストレーナーまで取り出して机に並べ始める。ズラリと並んでいく茶器に目を白黒とさせていると、彼はさらに頭の上の焦げ茶のハットを胸の前でひっくり返してゴソゴソと手を突っ込み、そこから茶葉の詰まった小瓶を取り出した。イルベルト頭の上の帽子を示しながら「これは“保存のハット”だ。あらゆる物質の品質を維持する」と言ってから鼻を鳴らし、テーブルに置いた小瓶に金のティースプーンを近付けていく。


「うわっ動いた!」


 すると蓋がひとりでに外れて、内部の茶葉を露わにした。これにはいよいよ僕も驚きを隠せなくなって飛び上がる。イルベルトはティースプーンを顔の前に立てると、すくい上げた茶葉をティーポットに一杯、二杯と流し込む。それが終わると小瓶は勝手に閉まって、取手の部分がカタカタと音を立て始めた。何やら陽気なメロディを奏でているみたいだ。


「すごい、これも魔法?」

「厳密には魔道具に込められた魔法」


 次にイルベルトは、足下の大きなカバンから、奇怪な装飾の施されたガラスの水筒と、金の砂時計を取り出した。そうして水筒の蓋を開けると、ティーポットに湯気の立つ水を注ぎ始める。


「これは“魔女エリーの水筒”。良質の水と、茶葉に合わせた温度の湯を注いでくれる」

「見てリズ、水筒の中の水が減っていないよ!」

「熱そうな湯気が出てる!」

「ただし、紅茶以外での用途と、二番煎じには協力してくれない。これはエリーが紅茶に対して並々ならぬこだわりを持っていたが為だ」


 イルベルトは熱湯を注ぎ終えると、ティーポットの蓋を閉めて、金の砂時計の頭を撫でる。


「この茶葉はフルリーフであるから、四分十秒といった所か」


 すると何処からともなく砂時計の砂が増し、宙に浮かんで反転してから、サラサラと砂を落とし始めた。この間も小瓶は踊り、愉快な音を奏でている。


「ふぅむ、それで? 少年少女諸君。お茶が出来上がる迄は何気もない話しをしよう」


 細長い足を高らかに上げて、足を組んだイルベルトがテーブルに頬杖を着いた。彼がお茶を淹れるというだけで、テーブルの上は小さなパレードでも始まったかの様に賑やかになっていた。リズとスノウも昨日見られなかった魔道具に興味津々な様子だ。


「すごいや、これも魔道具なんだね」


 僕が瞳を輝かせると、イルベルトは足をグルリと組み換えながら言った。


「ただし、これらにはキミたちの忌み嫌う魔力が使用されている」


 少し張り詰めた空気を肌に感じる……するとそこで、口をつぐんだ僕の背中からリズがイルベルトを見上げ始めた。


「アナタは、どうして仮面をしているの?」


 やはりリズの顔をジッと凝視しているらしいイルベルトは、仮面の奥で鼻を鳴らしてから目を背け、膝の上に置いていたハットを被り直しながら、何気もない様に言ってみせた。


「私がキミと同じ魔族だからだ」

「魔族……?」 


 繰り返したリズの隣で、スノウが鋭い視線をイルベルトへと向かわせていた。魔導商人はそれに気付かず、リズのつぶらな瞳をチラリと横目にする。


「人間は魔族を恐れるだろう? だから仮面をしている」


 と彼は言ったが、その目論見は何処か的外れな様な気がした。だってこんな妙な出で立ちの男が現れたら、それこそ警戒を示す他が無いだろう。そんな事を知ってか知らずか、仮面の向こうの声は続く…… 


「……もっとも、もう魔力を使い果たした魔力切れ(エンプティ)だがね」


 話しに割って入った僕が「エンプティ?」と首を捻ると、何か気まずそうにしたリズが僕に耳打ちした。


「魔族はね、生まれ持ったその時点で、放出できる魔力量が決まっているの。それを使い果たした人の事を、侮蔑用語で魔力切れ(エンプティ)と呼ぶんだよ」


 声をひそめて気を使っている様子のリズであったが、イルベルトはそんな気遣い無用であると言わんばかりに顎を上げて、大胆に言い放った。


「魔族や魔術師何かというと、キミたちは指先一つで日常生活を完遂している様な、そんな空想を思い描くだろう? ただそれは全くの誤解で、我々は魔力というものを最小限にしか用いない。理由はキミのガールフレンドが述べた通りだ。誰もが私のようなエンプティにはなりたくないと思っているからだよ」


 頷いた僕に向けて、イルベルトは踊る小瓶を指で示す。


「そこで我々は魔道具というのを用いるのだ。何処ぞの誰かが命を削って込めた魔力で、便利な生活を送る。別にこんなもの無くても困らないが、あるのだから使う。当たり前の事だ」


 イルベルトがそこまで語ると、砂時計の砂が落ちきって、小瓶が音を立てるのを止めた。彼はティーカップに茶漉しを添えると、勢い良く黄金色の液体を流し込んだ。華やかな香りが辺りに満ちていく。僕は上品にティーカップに口を付け始めた彼に問い掛けた。 


「ねぇイルベルト、さっきキミは魔族は嫌われてるって言った……なのにキミは、仮面をしてまで僕らに品物を見せに来ている。これは一体どういう事なの?」


 イルベルトは「この村に迷い込んだのは私としても予想外の事だったがね」と口火を切ってから、ティーカップを置いて続けた。彼の所作の一つ一つには、何処となく気品が漂う感じがする。


「ひとえにそれは、私が人間を愛しているからだ。殊更にキミらの様な無悪な子どもがね」


 意外な意見に、僕らは目を見合わせてから声を揃えていた。


「人間が……好き?」

「ふぅむ。私も魔族の中では変わり者でね」


 遠い目をしたイルベルトにリズは天真爛漫な笑みで言葉を返していた。


「そんな気がする!」

「…………」失礼な物言いにピタリと静止した白い仮面――


 ギョッとする僕らと、反応に困ってしばし静止するイルベルトだったが、結局彼は何も聞かなかったかの様に振る舞いながらまた紅茶を飲み始めた。


「ふぅむ……そういう事で、私は魔導商人として、人も魔族も分け隔てなく魔道具を売っているのだ」


 イルベルトは言ってから、うっかりしていた、と言った風に手を打った。


「そうだそうだ、他にも私の商品を見せてやろう。どれもこれも、キミたちのとって未知の……」


 言いながら彼は足元に赤いクロースを広げ、カバンから昨日の魔道具の数々を並べ始める。


「これは“ゴンゴリューニの砂”あらゆる物に一時の命を付与し、こちらの“ガラス卵”は未知なる世界の……ん? なんだ、驚かないのか」


 苦笑いした僕らの様子を受けて、彼は手を止めて不思議そうにしていた。

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