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1 着実に一歩

   五日目


「もう起きようスノウ」


 繰り返しに気付いて五日目の朝。もう珍しいとも思えなくなった少しの朝日が、窓枠の影を斜めにしていた。


「今日は?」


 固い寝床から起き上がりながら、スノウは解いていた髪を結んで首を鳴らしていた。気だるそうにしているその様から、彼も僕と同じように首と肩を強張らせているのだとわかる。


「イルベルトから情報を聞き出すよ。リズとは早いうちに合流したい。それと一つ、確かめたい事があるんだ」


 スノウは微かに頷ぐと、夜に喉を渇かせた時の為に用意していたテーブルの上のガラス瓶を取り、枕元で風に揺れている銀色のつぼみに水を注ぎ始めた。すると鈴の音の様な子気味の良い音を奏でて茎が踊り始める。俯いて顔の横に垂れた髪の隙間から、鋭い視線が僕に向けられた。

 屋根裏から二階に降りた僕とスノウ。寝室に入ると、早速僕の視線は昨日仕込んでおいた仕掛けの方へと向いていく。


「……っ無い」


 肩を上げるスノウに、僕は勢い良く振り返る。


「昨日ここに置いておいたメモが無いんだ」


 昨日ここに放り投げていたイルベルトのイラストがそっくり無くなっている。何処を探しても見当たらない、完全に消失しているんだ。四つん這いになってベッドの下を覗き込みながら、スノウは思い詰めたような声を発する。


「キミが確かめたかったのは、リセットによる巻き戻しの検証か……僕らの屋根裏やリズのお父さんの寝室にあった、呪いの範疇に無い物質、巻き戻る先の無い物がどう解決されるのか」

「僕らのメモには村に痕跡は残せないと書いてあったから予想はしていたけど、やっぱりこうなるのか……十二月二十四日の時点でその場所に無かった物は、リセットの際に行き場を失って()()する」


 スノウの相槌を確認した僕は、そこではたと気付いて天井を見上げた。隙間だらけになった傷んだ木の板の向こうは屋根裏だ。そこにある品々は元より古びているから気付か無かったけれど、それにしたって頭上の板や剥き出しの(はり)なんかは、今思えば他の所に比べても妙に劣化している。すなわちこれは――

 僕の思考を読み取ったかの様に、スノウは真剣そのものとなった眼光で天井を見上げながら口を開いていった。


「この屋根裏が魔女の呪いの範疇に無いという事は、セーフティゾーンなんかでは通常通りに時が経過しているのかも知れないね」


 この繰り返しに気付いたあの日、放置された筈のランプに燃料が残っていたのは、過去に繰り返しに気付いた僕らが、オイルを補充していたからだ。それが目くらましともなって余計に気付けなかった。


「僕らの時間と外の時間は、本当にズレているって言うのか……」


 いよいよと刻に置き去りにされている実感を側に感じ、僕は顔をしかめながら言う。


「この世界の環境は全部、八年前の十二月二十四日と同じで無ければいけないんだ」


 お母さんが一階から急かすのに大きな声で返事しながら、僕らはドタバタと階段を下りて行った。


「もう、おっそ〜いわ、二人共! 折角のご馳走が冷めちゃうじゃない」


 お母さんはオタマを持って頬を膨らませたけれど、吊り上げた眉はすぐに平坦に戻って、テーブルに着いた僕らに微笑みを向けた。


「じゃあ神様に感謝のお祈りをして、このご馳走を食べちゃいましょう!」


 お母さんの昨晩の咳込みについて心配していたけれど、杞憂だったみたいだ。昨日は夜風にいつもより長くあたって体調を崩したのかも知れない。この事からも、やっぱりリセットによって身体の変化も元通りになる事が再認識出来る。イルベルトはそんな事はありえないなんて言っていたけれど、彼もこの恐ろしい呪いの全貌を掴みきれなかったんだろう。


   *


 本日もまた卵係の使命を全うする為にカゴを持って外に出た時の事だった。時折覗く太陽に照らされながら、緩やかな風になびく庭の草木が不自然に揺れた事に気が付く。

 僕らにはそこに潜む者の正体がわかっていた。揺れる草花の隅から、少女を象徴する滑らかな黒髪が見え隠れしているからだ。それにこの繰り返しの中で普段とは違う行動を起こせるのは彼女以外に考えられない。


「声を掛けないのかいレイン?」

「隠れているつもりなのだから、少し付き合ってあげようよ」


 大通りには人影がまばらにある。明朝から村のみんなが夜会の準備に忙しなくしているんだ。彼女が身を隠しているのはきっと人目に付きたくないからだろうから、しばし付き合ってみる。……とは言え、僕らが移動する度にガサゴソと草が揺れ、チラリと黒い影がよぎって次の藪に向かう。その隠密行動のずさんさたるや、逆に村人たちの注目の的になっている事に彼女は気付いているのだろうか? ほら、今なんてお尻が丸見えだ。今度は藪から藪への移動の際に全身が見えた、今は草むらから尖った耳がはみ出している……


「リズ」

「ャぁわぁっ!」


 人気の無い頃合いを見計らい、草むらの中の彼女に声を掛ける。すると驚愕としたリズが草むらから飛び上がった。前髪に草を乗せたままビクついた視線が、周囲をキョロキョロと見渡している。


「どうして気が付いたの? 完璧に隠れていた筈なのに」

「……。それより今日はどうしたんだいリズ、こんな朝から」

「うん。私、アナタを手伝おうと思って」

「手伝うって、まさかこの卵の運搬をかい?」

「うん。私は夜会には行けないけど、アナタや村のみんなの、何か力になりたくて……ほら、早く終わらせたら謎を解く時間が増えるし」


 モジリと指先を引っ付けたり離したりしていたリズは、恥ずかしそうに僕を見上げた。


「昨日、夜会に誘ってくれて本当に嬉しかった。だけど私には勇気が無くて、お腹が空いてたけれどやっぱりあそこには行く事が出来なくて……それでね、それで、考えたの。少しずつでも変わらなくちゃって……そう……思って、それで……」


 僕が彼女の手を取ると、草まみれになった毛髪が飛び上がって緑を舞い上げた。目前で目を剥いた彼女に嬉しくって大きな声で伝える。


「ありがとうリズ!」

「あ……ぁ…………いっ」


 変な声を出してリズは頬を赤らめた。彼女のブルーサファイアの瞳に、僕のとびっきりの笑顔が反射しているのが見える。

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