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7 それでは諸君、明日があるのならまた明日


 しかしそれは同時に、僕の()()を裏付ける確固たる証拠とも言い換えられた。

 額に手をやり首を捻ったイルベルトは話し始める。


「キミたちが、単に古い貨幣を持ち合わせていただけとの可能性もある……だが、ここまでに得た情報から整合性を得ようとするならば、やはり――」 


 そして僕の考える仮説の内容は、項垂れたイルベルトの口から語られる事となった。


()()()()()()()()()()という事になる」


 リズとスノウが、驚愕として僕を見つめていた。

 ――そうだ、そうなんだ。イルベルトと僕らの間でズレていたのは“今日”ではなく――()()。彼が僕たちの村に迷い込む前の()()()()()()()()んだ。

 つまりそれは、僕たちのこの村が、外界で流れ去る時間から隔絶された事を意味していた。


「ふぅん。妙だ、誠に妙だねこの村は……こんな所で牧歌的に暮らす、キミたちと言う存在も」

「……え?」

「時に……今日はキミたちの認識の、何年何月だ?」

「××年の十二月二十四日だよ」


 僕の述べた日付を聞いた途端、仮面の向こうの毛髪が逆立ったのに僕は気付いた。けれど彼は多くを語ろうとはせずに、放心したまま僅かな雲間に覗くオレンジの陽を見上げ、物憂げに紅茶を口に含んだ。僕もまた残る紅茶を一気に飲み下してから口を開く。


「わかっただろう、これは僕らだけじゃなく、キミにとっても重大な話しなんだ。だから話しを聞かせて欲しいんだ。僕らの知っている情報も、全部キミに答えるから」


 未だ思考の収集が付いていないリズとスノウを置き去りにしてイルベルトへと詰め寄ると、俯かせたハットが揺れ始めたのに気が付いた。つい先程までの、彼の生気を抜かれた様相はもう消え去っている。


「私は今興奮冷めやらぬ状況だ。何故だかわかるか、それは私の魔導商人としての血が騒ぎ始めているからだ。我々は旅をして、各地にある未知を回収して渡り歩いていている。魔導商人とは皆、そう言った(さが)を持ち合わせているのだ。故にこのような僻地(へきち)に、霧に隠れていたかのように突如として現れたキミたちに、多分なまでの興味が湧いていると言った具合なのだよ」


 不敵な笑いにゴクリと喉を鳴らし、僕は頷いた。

 それからイルベルトと情報を交換しあった、僕らの置かれた状況や繰り返しの事も伝えた。彼自身ももう何度もこの日を繰り返しているのだという事も伝えたが、何故だか絶望した様子もなく、むしろ嬉々としている事が声音から感じられた。これが魔導商人とやらの未知への探究心と言うなら、異常というより他が無い。


 彼についてまとめた情報はこうだ――

・彼はここより遠くの東の地、フォルト領のアリオールという都から旅をして来たというが、どちらの名も、僕らの認識では存在しないものである。

・東から来たのであれば、僕らよりも死の霧に近い筈であるが、彼はそんなものは無いと言う。

・僕らの属するアルスーン王国は、もう滅びた国だと彼は言う。

・エルドナとアルスーン王国との戦争が集結した日は、僕らの認識では××年の十二月二十三日だが、彼はもっと後だと言う。

・霧の魔女は死んでいない、ただしひどく弱っているのだと彼は言う。

・霧の中、ズラリと並んだ石の壁を見つけた彼は、巨大な風穴を見つけて中を覗き込んだ。すると次の瞬間、白い濃霧に飲み込まれて、見える世界が変わっていた。背後の穴は消え去って、宵の空は朝陽に変わっていたらしい。

・村から見えている外の景色が、彼が先程まで見ていたものとはまるで違う。だが確かに、大陸における座標としては一致しているらしい。

・イルベルトと僕らの認識では、八年もの歳月のズレが生じていた。


「私の話しを全て信じるかもキミたち次第だがね」イルベルトはそう締め括った。


 全て聞き終わると僕らは三人、硬直するより他が無かった。余りにも衝撃的過ぎる事実が、彼の口から幾つも語られたからだ。この沈黙を破り、嘆きに近い声で話し始めたのはリズだった。


「八年も……八年も外での時間が流れてるって言うなら、どうしてお父さんは帰って来ないのっ?」


 顔を掌で覆ってうずくまったリズに続き、スノウは混乱した視線を彷徨わせる。


「アルスーン王国は滅んだ……? だったら僕らが聞いた昨日の知らせはなんなんだ? 霧の魔女は死んだって、戦争も終わったって意味なんだろう」


 僕も動揺する二人に上手く言葉を返せないでいる。真一文字に縛った口から言葉が出て来ない。イルベルトの口から語られた真実はそれ程までに僕らの認識を根底から震え上がらせるものだった。途端にこの世界の事がわからなくなってしまった。もう少しで見えると思っていたものが、全て霧が作った幻影であったかの様に形を変えていってしまう感覚が残る。

 頭を振るった僕は数ある疑問をひとまず置いて、イルベルトに懇願するように手を伸ばした。


「この村であり得ない事が起こっているんだ。キミがここに訪れたのがどれ程前かはわからないけれど、それ程昔じゃないと思う。それでも僕らはキミの話しによると、約八年もの歳月をこの村の中で繰り返しているんだ」


 僕の伸ばした手を見下ろし、イルベルトはまた勢い良く足を組み替えた。彼は僕の手を取ろうとはせずに、ティーカップに紅茶を注ぎ直しながら言った。


「繰り返しか……諸君は先ほど私に言ったね。同じ姿、同じ環境、同じ記憶で同じ一日を繰り返し続けていると。その点に私は(いささ)か疑問を持つ」

「そんな、僕らの言っている事は本当だよ!」

「キミたちに一つ教えよう。どれ程強大な魔術師をもってしても、覆せない万物の(ことわり)があるという事を」


 眉をひそめた僕らにイルベルトは言った。


()()()()は神の領域。あらゆる生物が届き得ない不可侵領域だ。つまり同じ条件下でのループなどあり得ない」


 完璧なるループが完成していれば、僕達はここで一生この一日を繰り返し続ける。それを不老不死だとイルベルトは定義するらしい。

 前に出たリズが必死な表情をしてイルベルトに訴え始めた。


「でも、私たちは確かに繰り返しているわ。この姿を見て、八年もの時が流れてるんだとしたら、私たちはもう大人になっている筈だわ!」

「ふぅむ……しかし仮にそう体感しているのだとすれば、それは疑似的な模倣に過ぎない。史上最高峰の魔術師と呼ばれたあの霧の魔女であったとしても、(ことわり)は破れない。たとえそう見えているのだとしても、必ず何処かに()()が生じてくる」

「綻び……?」

「そうだ。諸君が完全に同じ一日を繰り返しているのだとすれば、この呪いの自覚さえする筈がない。いや出来無い筈なのだ。しかしキミたちは度々に繰り返しを自覚するという。それもまたこの世界に生じている綻びの一つなのでは無いのかね」


 確かに言われてみればその通りだ。完全に同じ条件で記憶も行動も繰り返しているのなら、僕らがこの呪いに気付く事も無い。

 綻び……神に背いたこの世界には、幾つかの欠落があるという事だろうか?


「でも、それでも僕らが繰り返している事は本当なんだ。それは信じてくれるイルベルト?」


 持ち上げていたティーソーサーをテーブルに置いたイルベルトは、顔の横で踊るフクシアの花弁が、魔法の砂による効力を終えて頭を垂らしていったところを指で撫でた。


「私はこれまで魔道商人としてあらゆる未知を探求して来たが、これ程までの現象には遭遇した試しが無い……やはりその繰り返しとやらは否定せざるを得ない」

「そんなぁ!」


 僕らは反感の意を込めて、三人一緒になって彼に抗議する。まずはリズが、次にスノウが、そうして僕がイルベルトの前に出て口を開く。


「じゃあ、私たちがアナタの名を知っていたのは?」

「何処ぞで聞き及んだのかも知れない」

「ここに来た時、見える世界がまるごと変わってしまったって言ったのは?」

「大規模かつ高濃度での魔術の干渉があるならば、それは不可能ではない」

「キミと僕らの時間軸がズレているって事は!?」

「……目下検討中。まだ確定はしていない。諸君の記憶領域への魔術の干渉であるとも考えられる」

「ああもうっ、大人って……!」 


 飄々(ひょうひょう)と僕らの問いをかわすイルベルトに、僕は癇癪(かんしゃく)を起こす。

 するとイルベルトは言う。 


「すまないな、大人になる程、夢に没入出来なくなっていくのだ。キミたちも、時が経てばそれを理解する」 


 仮面の向こうに見えた煌めく緑の眼光――やっぱり大人なんてくだらない。何にでも疑り深くなって、信じるべき事さえ見えなくなっているんだ。僕はチンケなものを見る目で彼を睨み付けてやった。


「それなら僕らは、大人になんてなりたくないよ」 


 イルベルトは僕の言葉をしっかりと胸に留めたかの様に深く頷く。そしておもむろに立ち上がり、足元の大きなカバンにティーセットをそのまま仕舞い始めた。


「面白い話しを聞かせて貰ったよ。なんだ、どうしたんだその怪訝な目は? 私はキミたちがウソをついている言うのでは無いよ。ただ何か見落としがあると、そう言っているんだ」


 ティーセットを仕舞い終えたかと思うと、今度はテーブルや椅子までカバンに押し込み始めたイルベルト。どこにそんな容量があるのか、詰め込まれるだけカバンは飲み込み続け、そのサイズが肥大化する事もない。これもまた彼の魔道具の一つなのだろう。


「どこに行くのさ、まだ話しは終わってないよ!」

「もう夕刻だ。諸君は夜会とやらに行くのだろう、村の女たちから聞いた。私は寝床を探す。こんな雨漏りでは寝られないからね」


 見上げた天井からは、いつの間にやら降り始めていた雨粒が垂れて来ていた。夕暮れのオレンジも向こうの空に消え掛けている。それでも僕は、足元の魔道具を片し始めたイルベルトの背中に必死に呼び掛け続けた。


「助けてくれないのイルベルト? キミも繰り返しているんだよ?」

「そうか。ならば、明日の何もかも忘れ去った私にまた質問しに来るが良い。存外察しが良いので、苦労もなく助言を聞ける事は保証しよう」

「そんな、待ってよ、まだ聞きたい事が――」


 振り返るでもないイルベルトの長い手から、銀の花弁の垂れる小さな植木鉢を押し付けられた。ズイと押されて思わず受け取る。


「キミたちに貰った未知への対価だ。それではまた」


 大きなカバンに跡形もなく全てを詰め込んだ彼は、僕らに華麗なお辞儀の一つをして、雨粒の垂れる空の下を歩き始めた。


「それでは少年少女諸君、明日があるのならまた明日。明日が来ぬならまた今日に会おう。誠に妙な言い回しだがね……」


 過ぎ去ろうとする彼の細長い背中を見詰めていると、最後にこれだけは聞いておこうと思い至ったのか、リズが雨空の下に出ていった。そして大きな声で叫ぶ。


「戦争はどっちが勝ったのーっ?」


 アルスーン王国は滅びたとイルベルトは言った。だから返って来る返答に予想は着いた。悲観に暮れて涙ぐんだリズと隣り合い、イルベルトの声を待っていると、過ぎ去りし仮面の背中は雨粒の中でこう答えた。


「どちらとも無い」


 全くもって予想外の返答。争い合った国と国との闘争に、そのような結末があり得ようか?

 宵の闇に消えていく背中――彼は最後まで怪しく、掴み所のない人物であった。まるで霧の様に。

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↓ ☆☆☆☆☆を→★★★★★へ! *毎日複数話投稿* ブクマ評価レビュー感想、皆さん何卒宜しくお願い致します。 また作中に出てくる楽曲は全て、実際の名作ピアノクラシックとなります。物語後半では特に、曲の進行と文章との時間間隔をリンクさせてありますので、実際に楽曲を聴きながら読んで頂けると本望です。
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