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6 魔導具と、決定的真実の証明


 彼の足元に広げられた摩訶不思議な魔道具の数々。リズとスノウはいつの間にやら僕の背中から出てきて、足下に陳列された魔道具をしゃがみ込んで眺めていた。僕も彼の言う未知の誘惑に堪え切れずに、ティーソーサーを持ったまま一緒になってしゃがみ込む。

 ……それにしても、仮面をしているから判然とはしないのだが、やはり彼の視線がリズへと注がれている気がしてならないのは気のせいだろうか。

 僕らの視線が赤いクロースの上を移動する度に、イルベルトは敏感にそれを感じ取って一つ一つ魔道具の説明をしてくれた。


「その小瓶の中身には、“ゴンゴリューニの砂”が入っている。ゴンゴリューニとは大陸を越えた遥かな西の僻地(へきち)に住まうゴーレムの事だ。この砂をまぶした物は、僅かな間ひとりでに動き出す」


 イルベルトは小瓶の中の砂を摘み上げると、側に垂れた赤いフクシアに振り掛けた。すると貴婦人のイヤリングとも言われる下を向いた花弁が、クイッと顔を上げて僕たちを覗いたのだった。


「すごい、命が宿ったみたいだ!」


 次に僕が視線を落としたのは、そこにある背景を歪ませている透明の何か――


「それは“姿隠しのマント”だ。その名の通り姿を背景に同化させる事が出来る」


 リズがマントを羽織ると、たちまちに背景に溶け込んで消えてしまった。驚いた僕とスノウの前で、何も無い空間から「何が起きてるのー!」と叫ぶ声だけが聞こえるのが不思議だった。


「それは魔導具とはやや違うが、まぁカメレオンムササビの革で作ったマントだ、背景に溶け込む性質を持つ故に、捕捉は困難を極めるだろう」


 感嘆した僕らは、マントをクロースに置いて透明な卵に視線を移した。


「それは“ガラス卵”この世界の何処かに広がる魔境の姿を映している」

「こんなキレイな世界がこの世界の何処かに? 生き物も見えるよ」

「ただし気を付けろ。勘の良い奴はこちらに気付き、目が合う事がある。血の気の荒い者であれば、そこからでもこちらに干渉してくる」 


 ギョッとして卵を覗くのを止めた僕に、イルベルトはクツクツと笑いながら続けていく、彼の示した手の先には、怪鳥の巨大な赤い羽で編み込まれたブーツが風になびいている。


「それは“羽靴”と言って、何処ぞの魔女が自分の体重を偽る為に作った……まぁ言わばジョークグッズの様なものだ」


 僕らが三人揃って首を捻っているとイルベルトは説明する。


「このブーツを履けば羽のように体重が軽くなる。ただそれだけの事。注意すべきは、自分の体が風に吹き飛ばされて地上に戻れなくなる事だ」


 体重が軽くなると聞いて、リズは手を上げて「欲しい!」と叫んでいたが、僕らにはイマイチその魔導具の価値が分からなかった。

 リズの熱視線を残し、僕らの視線が次に移る。


「そこにあるのは“二枚舌”だ。片方が真実を言い、片方がウソを言う。どちらが真実を言っているのかは判別不能」


 イルベルトが根本で繋がる粘液塗れの舌ベロを拾い上げると、ネチョリと音がしたのを聞いて、僕らは「おえ」と口元を抑えた。すると舌が揺れて話し始める。


「イルベルトは魔女だ!」「イルベルトはしがない魔道商人だ!」


 舌に言われたイルベルトは、「こいつめ」と言って、クロースの上に二枚の舌ベロを投げ出した。 


 怪訝な表情を見せたスノウが僕の袖を掴み、耳元でそっと言う。


「今、魔女って言わなかったかい?」

「偶然だよ。どちらかが嘘を言ってどちらかが真実を言うんだ。彼は男性だし、魔導商人なのは紛れもない事実だろう?」


 視線を落とし始めたスノウを少し不思議に思っていると、弾んだ少女の声が商人に話し掛け始めたのに気付いた。


「これは?」


 リズが小さな植木鉢を抱えて前に突き出すと、商人はハットのつばを整えながら答える。


「“ロンドベル庭園の魔草”。甲斐甲斐しく世話をすれば花開いて心地の良い音を鳴らし、世話を怠ればつぼみに戻り、烈火の如く泣き喚く。銀河のように瞬く庭園より拝借して来た」


 瞬く銀のつぼみを見詰めながら、リズは目を丸くして植木鉢を戻していった。そして最後に残された生臭いウロコにスノウは眉を下げる。


「これは“ズーのウロコ衣”だ。キミたちは何やら怪訝な表情をしているが、これが一便高価な物だ」


 魚に似た生臭さに鼻をつまんでいると、衣であったらしい何かの皮切れをイルベルトは広げてみせた。途端に広がる悪臭に嗚咽していると、彼はこう説明を始めた。


「ズーは悲惨極まる毒沼地帯に生息する生物の事だ。こいつの皮はあらゆる強酸や毒も通さない」


 それを聞いた僕の瞳が色めき立ったのに気付いて、スノウはほくそ笑みながら僕に頷いた――


 ――この衣があれば死の霧を越えられるかも知れない。


 さっきまであんなに鬱陶しく思っていたウロコの布が、金銀財宝の散りばめられた至宝のように思えて来た。僕はイルベルトの広げた“ズーのウロコ衣”を指差して大きな声を出していた。


「それが欲しい!」

「これが? ……しかしこれは非常に高価な」

「お金なら持って来たんだ!」


 僕はポケットから家に貯め込んであったありったけの硬貨を詰め込んだ袋を三つイルベルトに渡す。慌てふためいて顔を真っ赤にしたリズが、僕に飛び付いて首をブンブン振っている。


「だっ、ダメだよレイン。お家のお金……あんな大金、訳の分からない衣に使ったら」


 僕はイルベルトに聞こえない様に、彼女にそっと耳打ちした。 


「大丈夫さリズ、リセットが起こればお金は元通りになるんだ。それより僕らは、死の霧を抜け出す為に絶対あの衣が欲しい」

「さ、詐欺だよ〜そんなの」


 リズの制止を無視して、小袋の中身を確かめ始めたイルベルトを見上げる。お父さんの残したお金も持って来たんだ、これで足りないなんて事は無い筈だ。


 ――だがしかし、頭を悩ませたイルベルトは首を振って、小袋を三つとも僕らに投げ返して来た。


「その貨幣に価値は無い」

「えっ、価値が無いって……アルスーン王国の正式貨幣だよ!? この大陸じゃあ、何処に行ったって……」


 ため息をついたイルベルトは頭を抱え、何か悲観しているかの様な、くぐもった声を発する。


「やはりそうなのか……しかし悪いな、()()()()()の硬貨など私は受け取らない。すぐに使うことが出来ないからな」


 突き返された小袋を握り、僕らは三人顔を見合わせる。確かにイルベルトは昨日も、アルスーン王国は滅びたなんて言っていた。けれどそんな話し、証拠でも無ければ信じられる訳が……


「私が求めているのはこれだ」


 そう言ってイルベルトは、ポケットから緻密な刻印のされた硬貨を数枚取り出して僕らに見せた。精密に作り上げられたそれは、とても彼が個人的に、僕らを欺く為だけに作り上げた代物とは思えなかった―― 


「フォルト硬貨。今この大陸で価値のある貨幣は、これだけだ」


 彼の示した真実の証明に、僕らの開いた口は塞がらなくなった。

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