3 潤むエルフの青い瞳
「リセットのトリガーは死ではないとすると……」
卵の運搬を終えた僕はぶつくさ言いながら、背後からのジト目に気付かないフリをして、昨日と同じ路地を曲がっていった。スノウはグルタに貰ったリンゴをかじりながら僕の背中をちょいと突いた。
「レイン、ぶつくさ言ってないで前を見なよ。イルベルトの所に行かないのかい? なにやら色々と、彼には聞くべきことがあるんだろう?」
「ああうん。でも村のみんなに囲まれてたら話にならないよ。彼は昼過ぎにはあのボロ小屋に座ってるんだ」
「なるほど、つまりキミは今、また彼女へのお節介に向かっている訳だ」
意地の悪い言い方をするなぁ……まぁでもその通りだ。僕はまた自分の良心を満足させる為だけに、無意味に繰り返すんだ。東の外れの方角へ向けて歩んでいった僕らは、裏通りの軒先でとうもろこしを並べるイリータの家に辿り着いた。宣言通りまた僕はリズの盗みを阻止しに来たって訳だ。
呆れながら息を吐いたスノウが、ポケットから取り出した懐中時計を確認しながら「もう来るよ」と言ったので僕は身構えた。
「……」
「……ん?」
しばらくの沈黙の後に、スノウが言った。
「……リズが来ない」
「え、そんな筈無いよ。だって彼女は昨日この時間に現れたんだ」
しかし待てど暮らせどリズは現れない。首を捻った僕たちは、イリータがとうもろこしを仕舞い込んでしまったのを機に、東の壁に隣接するリズの家に向かってみる事にした。
「おかしいよスノウ。どうなっているんだろう、村人の行動は余程の事がない限り変わらない筈だろう。それなのにどうしてリズは現れなかったのかな?」
「この繰り返しの中で、ルーティンと違う行動をするのは僕たちだけだ。何らかの要因があるとしたら僕ら以外に無い……だけれど、今日に関しては、彼らの行動を阻害するようなアクションを起こしていない」
思考する時のいつもの癖で、スノウはこめかみを指で弾きながら眉をひそめている。
程なくすると僕らは荒地にポツリと佇んだ小さなレンガの家に辿り着いていた。側にそびえる石の壁によって一日中日当たりの悪いここらは、ジメジメしていて他にひと気も無い。大きな岩に腰掛けながら目を細めたスノウは、その家の一階で明かりが灯されるのに気が付いた。やはりリズは家の中に居るという事らしい。
「昨日僕の分のとうもろこしをあげたから、食糧には困っていないのかな?」
「リセットで村のものは全部元通りになるんだ。貯蔵なんて出来ない筈だろ」
腕を組んで唸った僕らは、この奇妙な現象を確かめるべく、リズの家の戸口を叩いた。
「ひぃあぁああ――ッッ! なに!? ナンデ?!」
古びた扉の鉄製のドアノッカーを鳴らすと、次の瞬間に家の中から悲鳴が聞こえて来た。それと同時に家具をひっくり返す様な物音もする。もう一度ノックすると、彼女はひどく狼狽したような声が聞こえて来た。なにをそんなに怯える必要があるのだろうか。しばらくしてから玄関の扉が少し開いて、リズの青い目が僕らを覗いた。
「どうしたんだいリズ。僕らがキミの家を訪問するのが、そんなに意外だったのかい」
「え……ぁ、なんで、来る筈ないのに……」
「来る筈じゃ……無い?」
背後のスノウと瞳を合わせて僕らは顔を強張らせた。そしてリズに鎌をかける。
「リズ……どうして今日は家を出ないの? 変な事を聞くけどお腹が空いているだろう? とうもろこしとか……食べたいんじゃ無いのかい、確か好物だったよね」
「うん……大好物。三度の飯より一本のとうもろこしが好き」
こちらを覗いていた瞳が、少しの戸惑いを見せながらあちらこちらへと向かわされる。しばらく僕らが返答を待っていると、リズはようやくこう答えた。
「だって……昨日、レインは盗みはいけないって」
「き……っ昨日だって!?」
「お父さんが、悲しむからって……」
その衝撃に、僕は放り出した手を中空に留めたまま固まってしまった。そして思い返す――
――リズが僕をジッと見つめていたあの目は、僕という不可解を観察しているようにも思えた。そして何より、考えれば当たり前の可能性がもう一つある事を見落としていた。
「リズ……っ」
「……? なに、レイ――ん、ぅぇ――ッ?!」
震える声で、動揺する手で、僕は強引に、華奢な腕から戸口を引き開けていた――
扉を突如と開け放たれ、驚いたリズの前髪が流れ込んで来た風に舞い上がった。白き素肌が光に照らされ、長き黒髪が宙に踊る。涙を溜めたブルーサファイアの瞳は、僕を真っ直ぐに見上げながらすくんでいた。
「キミも気付いているんだね……このループに」
考えてみれば、この呪いの影響を受けないセーフティゾーンが、うちの屋根裏以外にもあると考えるのは当たり前の事だった。




