2 判明する重大なルール
僕らは村の最南端にある鶏小屋に辿り着いていた。
昨日の鶏の亡骸がまだそこに転がっている様な気がして、なんとなく恐る恐ると歩んでいた。けれどそんなものが転がっている筈は無いとの確信もまたあって、いつも通りにけたたましく鳴く小屋の中の鶏たちを見る頃には心を取り戻していた。
「ほら、やっぱり無い。ある筈がないんだ」
昨日、無惨な死体が転がっていたそこには、陽射しを浴びながら風に揺れるカタバミが並んでいるだけだった。ホッと胸を撫で下ろして息を吐こうとすると、小屋の方角から尋常では無いような声が上がったのに驚いて、止めていた空気をそのまま飲み込んだ。
「何度数えたって数が合わない……十七羽しか居ないんだ!」
「……は?」
小屋の中を唖然と見下ろしたスノウの隣へと、僕は緑を踏んで駆けた……
「そんな訳ない、一緒に数えるんだ!」
……僕らが何度数えたって鶏の数は変わらなかった。昨日死に絶えた鶏は一羽。その亡骸は確かに石の壁の内、この呪いの範疇に引き戻したんだ。リセットによって朽ちた体も再生して、その数は十八羽になる筈なのに――そこにあったのは、命が一つ潰えたままの十七羽の鶏の群れだった。
動揺した僕は頭を抱える。あらゆる仮説が音を立てて崩れ去る衝撃に、混乱して頭が回らない。
「おかしい、そんな筈ない、リセットによって全部が昨日に巻き戻るんだ! でなきゃ……おかしいじゃないか、今日の朝だって、夜会でも鳥肉が出た。仮にそうなら、僕らは何度も繰り返しているんだから、鶏の数は毎日減っていく筈じゃないか! 二十羽しか居ないんだ、とっくの昔に数が尽きている筈だよ!」
誰にともない僕の嘆きにはスノウが答えていた。
「いや……僕らが毎朝食べている肉は何日か前に捌いて保存してあった分だ。それに夜会で使われていたのも、思い返してみれば干し肉や加工肉ばかりだった。どれも今日捌かれた肉なんかじゃない。これから何日とも保証の無い死の霧に備えるんだ。それがわかっていながら、家畜の数を減らす程、みんな浮かれていた訳じゃない」
言葉を失った僕は、その場に膝をついて小屋を見つめた。羽を撒き散らして暴れる鶏たち。その数が足りない分だけ、過去の僕たちは同じ過ちを繰り返して来たのかも知れない。
この瞬間、一つのルールが僕の思考に追加される――
・〈死んだ命は還らない〉
「スノウ、聞いて……」
だが強烈な落胆と同時に、僕の頭を何よりもたげていた仮説の一つが否定されていた。スノウの肩を両手で掴んだ僕は、困惑した彼へと決死の勢いで訴え掛けていた。
「僕らは死んでなんかないんだ!」
「え……うん、当たり前だろ?」
とぼけた顔で事の重大さを理解していないスノウを抱き寄せ、僕は涙を振り撒いていた――
「僕らは誰も、死んでなんかんだ! やっぱりみんな生きてるんだ、夢なんかじゃなかったんだ!」
「わかってるよそんな事……さっきから何を言ってるんだい」
――リセットは、僕らの死によって引き起こされている訳じゃないと、その時理解した。
この世界は夢想でも、死後の世界でもなく――現実なんだ。
ならば尚更僕はこの呪いを解いて、村のみんなを救い出さなければならない。だってこれは……こんな呪いは、僕らの命を冒涜しているのと同じなんだから。
帰り道、茂みの中に朽ちた鶏の亡骸を見つけた。命を終わらせた住人は、壁の側を吹き荒れる突風に流され、そのまま生命を巻き戻す事も無く、ただあるがままに転がっていた。とすると、判明するもう一つのルール……
・〈遺体となったモノはそこに残り続ける〉
僕らは目を逸らす為に、もう見なくて良い様にと、死体を土深くに埋めた。




