1 ループを抜け出す条件
四日目
また次の日が来た。固い屋根裏の床に寝ているからか、朝起床すると節々が痛んで僕らは渋い顔を見せ合う。片目を開けてあくびをしたスノウは、目元の涙を拭いながら肩を回していた。
「今日は何をするんだい、レイン」
僕は寝癖でぐちゃぐちゃになった髪を掻き回しながら、息を吐くのと同時に答えた。
「言ったろ、今日になったら結果がわかる事があるって」
首を捻ったスノウは「ああ、あの石ころ」と言ってこめかみを指で弾いていた。
寝室に降りてお互いの容姿を見つめ合いながら身なりを整え合うと、僕はポケットから一枚の紙を取り出してベッドの上に放り投げた。屋根裏から持ち出したそのメモには……我ながら思うが奇怪なキャラクターが描いてある。なにを遊んでいるのかと思うかも知れないけれど、これもまた一つの謎を検証する道具なんだ。
訳がわからなそうに肩をすくめたスノウに、僕はシャツの襟を直しながら釈明する。
「見えていた謎は検証されてしまった。だけど過去の僕たちが見つけられなかった法則や、細かいルールなんかもきっとある筈だ」
「このふざけたキャラクターが、その手助けになるって訳ね」
蟹の様な胴体をした化け物の首から、白い仮面がにゅっと突き出している。僕的にはこれはイルベルトのつもりだったのだけれど……お世辞にも上手いとは言えないイラストを二人で見下ろす。次に上げられるであろう嘲笑混じりの瞳から逃れる為に、僕は足早に階段を駆け降りていく事にした。
「あら早いのね、おはよう」
いつも通りに三人分ある食事の席に着き、お母さんは嬉しそうに話しだす。
「今日は久々に鳥肉をスープに入れたの。今日くらいは贅沢したって誰も文句は言わないわよね」
「そうだね、お母さん」
自分の表情がぎこちなくなっていないか不安だったけれど、お母さんがいつも通りにニコニコしていて安心した。そうして三人、食事の前の日課として神に祈り始める。瞳を瞑って祈っていると、お母さんが手から落としたスプーンの物音で我に返った。
「ごめんね、なんでもないの」
はにかんだ微笑と共に、すぐにスプーンを拾い上げてお母さんは言った。
「こんな毎日が、いつまでも続いたらいいね」
そんな嬉しそうな声に応えたのはスノウだった。淡々と一言だけ……
「そうだね」と。
*
カゴを持って家を飛び出した僕らは、早速養鶏場へと向かう。……あれ、なんだか今日は足取りが軽快だ。なんて思っていると、スノウが足を止めた。
「……石が無い」
僕らにとってとても重大な事を失念していた。いつも無意識の進路上にあって必ずつまずく筈の石が無くなっているのだ。辺りを探して見てもやっぱり無い、完全に消失している。こちらを見つめるグレーの瞳に向けて、僕はカゴを投げ払って抱き付いていた。
「やった! やったよ、あの石の壁の所がピッタリそうなんだ! 一度で成功するだなんて思っても見なかった!」
激しく揺すられるままスノウは僕の鼻先で首を捻っている。まだ整理がついていない様子の彼へと、僕はこの大発見を教えてやる。
「わからないのかい? 僕は昨日、あの石で呪いの範囲を調べていたんだ」
僕が昨日検証していたのは、魔女の残した繰り返しの呪いの有効範囲だ。あの忌まわしい石を苦労して壁の真裏に落ちるように繰り返した甲斐があったというものだ。つまり呪いの有効範囲とは、キッカリ僕らの村を包囲したあの石の壁までで間違いがない。
「あの石は、ループを出たんだよ。この呪いから解き放たれたんだ!」
「必ずそこに配置される筈であったものが、そこに無くなったから、繰り返しの呪いから脱したって言いたいのかい?」
「そうだよ! きっと居なくなった村の人も、僕らと同じように魔女の呪いに気付いて、それでどうにかして壁の外に出たんだ! それでこの村から居なくなっているんだよ!」
冷めた瞳のスノウは激しく揺すられたまま、首を傾げて何か呟いた。
「それならループの村を抜けた村の人たちは、どうやってあの死の霧を掻い潜ったんだ?」
スノウの唸りを耳にしてから、僕も同じ様に少し唸った。




