4 届いたら良いなって
村の外れ、東の方角へ向けて早足で歩いていた。やがて目的の裏通りへと辿り着くと、空の酒樽の影に身を潜めて、程無く姿を現すであろう彼女の姿を待った。
「来た……」
とうもろこしを軒先に並べたイリータの前に、リズがやって来た。キョロキョロと辺りを警戒しても良さそうなものなのに、彼女は全く迷う素振りもなく、白昼堂々トウモロコシへと手を伸ばした。
「リズ!」
背後からリズに向かって声を掛けた僕は、飛び上がった彼女の肩に手を置いた。するとそろそろと、まるで幽霊を見たかの様に戦慄した形相で青い瞳が振り返って来た。少し潤んだ彼女の白目はキャンパスの様に真っ白で、虹彩はサファイアの様に青く輝かしい。何処までも透き通っていて純に見える……なのにどうして、盗みなんてするんだろう。
「盗みなんて良くないよ、リズ」
「やっぱり……レイン、どうして?」
慌てて逃げ出そうとした彼女の手を、僕はとっさに掴んだ。昨日よりも肌に切り傷が目立つ気がするけれど、それは気のせいだろう。
するとリズは観念したように足を止めて、やっぱり穴が空く位に僕を見詰め始める。
――彼女たちは繰り返しているのだから、こんな事をしたってどうせ明日も盗みをするのだろう。だけどどうしても僕は、彼女が悪事に手を染める事がわかっていながら、それを黙っていることが出来ないでいた。
「お人好しだね」
僕の背中に隠れてスノウは囁いた。
「リズ、付いてきて」
お腹を空かせて仕方が無いのであろう彼女に、僕は柔和な笑みを向けながら手を引いていく。
「ぅぅぅ……っな、なに、するの?」
とうもろこしを仕分けしているイリータの前に出て行った僕は、ビクつく彼女の手を引いたまま、頭を下げて頼み込んだ。
「お願いだイリータ。お腹が空いて仕方がないんだ。どうかそのとうもろこしを一つ、分けてくれないかな」
「ん、レイン……と、リズじゃないか」
リズの姿を見て取ると一瞬顔をしかめたイリータ。顔を真っ赤にしたリズが逃げ出そうとするのを、僕は手に力を込めて静止する。
一度息をついたイリータは、顔に笑みを作ってとうもろこしを拾い上げた。
「全く……仕方がないね。夜会では沢山ご馳走が出るってのに。朝から働き詰めで疲れたんだね、ほら」
「ありがとうイリータ!」
僕はイリータから手渡された二本のとうもろこしを持って、リズと共にその場を立ち去っていった。
「信じられないわ、あのイリータが私に食べ物をくれるだなんて」
そんな事を言って、頬を赤らめたリズ。
人気が無くなった所で、僕は足を止めてとうもろこしを二本ともリズに手渡す。
「事情を話せばきっとみんなわかってくれる。そんな事をしてたら、キミのお父さんはきっと悲しむよ」
「――お父さ……っ」
僕の一言に反応して手を振り払ったリズは、キレイな瞳に涙を溜めて、兎のように走り去っていった。黒く美しい絹のような髪をひるがえした彼女の手には、しっかりと二本のとうもろこしが握られている。
「怒らせちゃったのかな……」
「みたいだね」
雨の中、東の壁の方へと消えていくリズの背中……僕と肩を並べたスノウは、やれやれと言った具合に鼻息をついていた。
「これを明日から繰り返すって言うのかい? 全く呆れるよ」
スノウの苦言に舌を出して頷く。今日の彼女を律したとしても、明日の彼女はまた盗みを繰り返すだろう。だからこの行動は無意味で、ただの僕のエゴなのかも知れない。
「ごめん、でも……いつか、届いたら良いなって」
「……届く?」
それでも僕のこの言動が、いつか彼女の心に届いて、その行動を変えられたら良いなと思う。全てを忘れて繰り返しているんだとしても、僕らの心のその何処かで、この記憶は蓄積されているとそう思いたいから。




