1 僥倖の一石
三日目
屋根裏で夜を明かした僕らは、示し合わせるでもなく同時に意識を覚醒させる。シーツを蹴り飛ばして寸分狂わぬ陽気を一瞥するが、同じ日が延々巡る絶望に落胆している暇もなく、思考は村に掛けられた呪いの事へとシフトしていく。シンメトリーな窓枠の影の下にしゃがみ込んで、ノウを呼び寄せた僕は、寝る間もポケットに押し込んでいた、呪いのルールについて記したメモを取り出した。残念なことに、昨日この村が繰り返しているという事実は確定した。だけどまだ、過去の僕らが記したらしい情報の三点が未確認のままだ。
・〈石の壁の外には、既に死の霧が充満している〉
・〈リセットによって村に残した痕跡は消え去り、全てが“今日”の始まりに戻る〉
・〈これら全てが、霧の魔女によって仕向けられた呪いである〉
摩訶不思議なこの呪いが、魔女のものであるかの確証は依然ない。そして二つ目のルール。ここに記されている全てが今日の始まりに戻る、と言うのが、どこまでの範囲の事を言っているのか。定刻に移ろう空模様から環境が繰り返している事、村人たちとの会話から記憶が巻き戻ってしまっているという事は分かったけれど、例えば村人たちの肉体の変化はどうだろうか? それについても今日判明するだろう。
問題は――〈石の壁の外には、既に死の霧が充満している〉とあるこの点だ。死の霧の性質が曖昧な以上、これをどう検証するか、と言うのも念頭に置かなければならないけれど、僕はそれ以上に、過去の僕たちに対して思うところがある。視界の端に積み上げられたメモの山を見ながら、どうにも納得がいかない点に頭を捻る。それを共有するように、僕は仄かな日差しに照らされたスノウへと口を開いた。
「僕らは一日の終わりにその日にあった出来事をメモに記しているだろう?」
「ん……?」
「この村がループしていると言うのなら、ここから出ようと言うのが一番に浮かぶ思考だと思わない?」
興味を示したのか、腕を組んでこちらを見やったスノウは言う。また耳の上の毛が跳ねている。
「村の出入り口は固く閉ざされたままなんだ。それに、この村を取り囲んだ石の壁の外には、死の霧が蔓延していているんだろう?」
「うん、だけど僕らがこのループを抜け出すためには、やっぱりここを抜け出さなくっちゃ行けないんだ。どうしたって最終的にはそこを目指す他が無い筈だ」
唇を尖らせ、目を細めたスノウに僕は続けた。
「まずはこの村を出ようと考えるのが普通だ、何枚かのメモにはそれに対する考察もあった。壁越えを目論むその計画もさ。だけどそれを実行に移したと言う記載は一切無かった。どうにも腑に落ちないとは思わないかい?」
首を少し斜めにしながら感心したように眉を上げたスノウ。僕らが今後執心していく最大の脅威は、おそらくはこの死の霧の事になるだろう。それにしても、過去の僕らはどうこの真実を確認したのか、村人たちの話しを鵜呑みにした可能性だってあるし、死の霧が迫るのが今夜だと言われている事からも、その検証は何らかの形で夜間に行われ、朝方にはまだ霧は迫っていないのかもしれない。……ただ不思議なのは、どうして死の霧の検証方法も過去の僕らはメモに記していないんだろうか?
様々な可能性を模索しながら、僕らは屋根裏から寝室に降りた。身なりを整え準備を終えた僕らは、一階に降りて三人分の朝食の席に着いて食事を終える。
「行ってくるねお母さん!」
夜会に向けて卵の運搬をするのだと思い込んでいるお母さんは、僕らの背中を笑顔で見送った。
カゴを持って玄関を出た僕は、曲がり角の脇にある、大きめの石につまずく。カゴを持っているから足元を見ていないのもあるが、いつもいつも、どうしてこいつにつまずくんだろうと考えると、リセットによって村の環境が再配置されている事を思い出す。何度蹴り飛ばしたって、こいつは僕の進行上にまた戻って来てるんだ。
「……そうだ、この石を使えば」
「なにを試すつもりなんだいレイン」
妙案を思い付いた僕は、忌まわしい石の一つを拾い上げながらスノウに微笑み掛ける。




