表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/50

11


 サワサワと心地よい風が頬をくすぐる。


 ふわふわしてなんだか気持ちがいい。


 私、死んだのかな。


 額にふわりと温かく柔らかいものが落ちてきた。


 次に右のほっぺ。

 くすぐったい。


 なんだろう、なぜか、とっても幸せだ。




「うーん……」


 薄っすらと目を開ける。

 ここはどこ?

 白い天井。

 少し冷たい風が吹いて、白いレースが視界をよぎる。


 カーテン?


「……ココット…ココット!!! 目が覚めたのか!?」


 うん、と重い頭を少し動かせば、こちらを覗き込む疲れた顔のご主人様がいた。

 目の下には酷いクマ、顔色も悪い。


「どうしたんですか? ご主人様。……あれ? 私生きてます?」

「ああ。生きている。生きていた。良かった、もう二度と目を覚まさないかと思った」


 私の右手を両手で握りしめ、泣きそうな、笑いそうな顔をしている。


「どうして?」


 確か私撃たれたはず。そう思い握られていない方の手で恐る恐るお腹を触るけれど。


「痛くない? えっ? 私撃たれましたよね。血が沢山でたはずなのに」


 夢? いやいや、すっごく痛かったし。


「クルルのおかげだ」

「クルル? でも彼女、傷は治せないって言っていましたよ?」

「ああ、そんな魔術は使えない」

「じゃ、どうやって?」

「彼女が使うのは『時を戻す』魔術だ」


 時を戻す!! 何それ!!

 私が目をパチパチさせていると、ご主人様はさらに詳しく教えてくれた。


「正確には、手に触れたものの時間を最大五分ほど戻せるらしい」

「手に触れたもの、五分。なかなか縛りのある魔術ですね」

「どうやら魔力量が少ないらしく、それが限界らしい。ココットの時を戻したあとも魔力切れで倒れたぐらいだし」

「えっ、それでクルルは?」

「一晩寝たら元気になった。いつも夕方見舞いにくるから、あと二時間後にはあえるだろう」


 多分だけれど、クルルは立場上その能力を秘密にしておかなきゃいけなかったはず。

 でも、私のために時を戻してくれた。

 それはとても大きな決断だったと思う。きちんとお礼を言おう。

 

「それにしても、時を戻せる魔術なんて初めて聞きました。じゃ、夜会会場に護符が貼っていなかったのもそのためですか?」

「そうだ。確かに護符を貼れば魔術による攻撃は防げるが、それ以外の、例えば毒やナイフによる危険は防げない。クルルの魔術なら、たとえ皇族が死んでも時を戻せばいい」

「クルルが五分以内に来れる場所にいれば、無敵同然じゃないですか」


 護符で攻撃を防ぐより、いざとなればクルルに生き返らせてもらえばよい。

 なんて単純にして完璧な護衛方法。


「病などは治すことはできないが、突発的なことならなんでもオールマイティに対処できる。ただし魔力量が少ないので一日一回が限界だ」


 そうか。そう考えると万能とはいえないのかも知れない。

 

 私はゆっくりと身体を起き上がらせる。ご主人様が支えるように背中に手を当て、ベッドサイドに置かれていたガウンを肩に掛けてくれた。


「私は何日寝ていたのですか? それからリンドバーグ侯爵家はどうなったのでしょう」

「寝てたのは一週間。クルルが言うには、時を戻された側にも負担があるらしく、暫く昏睡状態になるらしい」

「お腹すきました」

「さっきララが部屋から出て行ったから、そのうち料理をもってくるだろう」


 ララさんいたんだ。気づかなかった。沢山心配かけたんだろうな。


 グルルル~


 間抜けな音がお腹から出て慌てて手で押さえる。ご主人様がプッと吹き出し眉を下げ、笑いを堪えながら聞いてくる。


「えーと、あとは食べてから聞くか?」

「いえいえ、ゆっくり食べたいから今聞きます。で、ナターシャ様は?」

「あー、うん。まず遊覧船が船着き場に戻ったところで、父が引き連れて待っていた騎士団に乗組員全員が捕まった。ナターシャや負傷した護衛騎士は貴族牢に、それ以外の者は地下牢に連れていかれ取り調べを受けた。乗組員の話から芋づる式にペラルタ子爵の関与が浮上し、人身売買の容疑で家宅捜索をした結果たんまりと証拠が出てきてた」

「ペラルタ、どこかで聞いた名前ですね?」

「ココットが擬態してケーキを食った男。遊覧船の持ち主だ」


 あー、そうでした、そうでした。いましたね、そんな奴。

 うっ、ご主人様が残念な子を見る目を私に向けてくる。

 仕方ないじゃないですか。寝起きで記憶力が悪くなっているんですよ。


「こほん、それでリンドバーグ侯爵家はどうなったのでしょう? エリオット卿が動いてくれているはずですが」

「咳払いで誤魔化そうとするな。昨晩第三皇女から手紙がきた。リンドバーグ侯爵を人身売買の疑いで捕らえたそうだ。数が多いので詳しい取り調べは時間がかかるらしいが、とりあえず最近連れてこられた人の保護を進めている、と書いてあった」


 そうか。どれだけの人が犠牲になったんだろう。

 一人でも多くの人が家族の元に戻れるといいな。



 バタバタと足音が聞こえてきたと思ったら、ノックされることなく扉がひらいた。


「ココット!!」

「お祖父様!」


 あろうことか、お祖父様はご主人様を押し退けベッドに片膝を乗せると布団ごと私をぎゅっと抱きしめた。

 懐かしい実家の匂いがしてくる。


「良かった。良かった。お前にもしものことがあったら、俺はバートナム達になんと謝れば良いか……」


 最後の方は涙でくぐもった声に。

 私を抱きしめる腕が震えている。

 腕に込められた力は、私の存在を確かめるようにさらに強くなって、ごつごつした手が背中や頭を撫でる。


「ごめんなさい。心配かけちゃった」


 お祖父様の身体に腕を回す。ずずっと鼻を啜る音と嗚咽が聞こえて来た。

 凄く心配したんだろうな。

 一瞬しか見えなかったその顔は随分痩せこけていた。


「ココット、アリストン男爵」


 低い声が聞こえ、お祖父様の腕が私から離れる。

 ベッドサイドに立っているご主人様の後ろには、いつの間に来たのかコンスタイン公爵夫妻の姿が。


「この度は愚息のせいでココットを危険な目に合わせてしまった。申し訳ない」

 

 公爵夫妻とご主人様が深々と頭を下げる。それを見てお祖父様が慌てベッドから降りて顔の前で手を振る。


「とんでもない、どうか顔を上げてください」

「いえ。俺がココットを危険に巻き込んでしまいました。申し訳ございません」

「違います! 私が勝手に飛び出したんです。ご主人様は悪くありません」


 私も立ち上がろうとしたけれど、足に力が入らずよろめいてしまう。

 お祖父様とフルオリーニ様の腕がとっさに伸びてきて支えてくれたから転ばずにすんだけれど、かなり体力が落ちているみたい。旦那様が立っているのに申し訳ないな、と思いながらベッドサイドに腰をかける。


「いや、そもそもこの交換条件にお前を巻き込んだフルオリーニが悪い」


 旦那様がじろりとご主人様を見る。

 交換条件?

 何それ?

 

 ご主人様に目で問いかけたら、フィッと視線を逸らされた。

 それなら、と奥様を見ると、訳知り顔でニンマリとされる。


「お祖父様……」


 もしかして知っている? と首を傾げ問いかければ、

 ポンと肩を叩かれ、うんうんと頷いている。

 どうやら私以外は全員知っているようで。眉間に皺を寄せていると


「まあ、それはあとでゆっくり話すから」


 コホンと咳払いするご主人様は明らかに何かを誤魔化そうとしている。


 その時、タイミングよくドアがノックされ、ララさんが食事を乗せたワゴンを押して入ってきた。


 食事だ! って覗き込んだらお粥だった。

 一週間ぶりの食事だから、お肉やケーキは駄目らしい。えっ、大丈夫だよ、食べれるよ私。


「ココット、ララさんは心配してずっと付き添ってくれていたんじゃよ」

「そうなんですか、ありがとうございます」

「いえいえ、それに看病していたのは私だけじゃないのよ。フルオリーニ様も時間がある時……」

「じゃ、あれはやっぱり夢だったんですね! 良かった」


 ほっとして、ララさんの言葉を途中で遮ってしまった。

 私の言葉に全員がうん、と首を傾げる。


「ココット、因みにアレ、とはなんだ?」


 旦那様が、少し戸惑いながら聞いてくる。  


「いえ、お気になさらず。ただの夢です」

「とりあえず話してみろ」


 えー、夢なのに。言わなきゃいけないんですか?

 恥ずかしいんですけど。でも、旦那様の命令だし。


「えーと、その。ぼんやりとした記憶ですが、ご主人様に額にキスされて……」

「!! ち、ちょっと待て。ココット! お前起きて……」

「フルオリーニ、どういうことだ?」

「いや、それは。夢です。夢だとココットも言っているではありませんか」


 慌てふためくご主人様の頭を、旦那様が上から大きな手で押さえつける。


「フルオリーニ、私はあなたを立派な紳士に育てたつもりだったのに」

「母上、ですから、夢だと」


 奥様が額に皺を寄せじんわりと責める。


「ほっ、ほっ。まあ、良いではありませんか」

「アリストン男爵殿、広いお心は嬉しいですが、ココットも夢だと言っていますし。俺は額や頬にキスなど」


「…………私、頬のことはまだ言っていません」


 …………


 しん、と静まり返る部屋。

 ご主人様の額には脂汗が浮かんでいて。

 それを見て、私も何が起きたかじわりと理解した。


 ぼっと顔が熱くなる。顔だけじゃなく全身が熱ってきて、私、今湯気が出ているんじゃない?


「コンスタイン公爵様、ここは二人に任せましょう。先程の交換条件の説明もありますし」

「アリストン男爵殿がそう言われるなら」

「フルオリーニ、扉は開けておくのよ」


 お祖父様達はやれやれ、と言ったふうに部屋を出ていく。私は、はくはくと口を開け閉めするも言葉が出てこない。


 最後に出ていったララがくるりと振り返り、拳を握り締めると。


 パタン、と扉が閉められた。

 えっ、開けといてって言われましたよね?


本編はラスト一話です。明日は七時ごろに投稿します。

本編が終わったら、いずれその後の話も書きたいな、と思っております。 


クルルについてはネタがまとまれば番外編として書いてみたい!


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ