第八話
流血表現有り。
苦手な方はご注意ください。
その昔、深い森の奥に一人の魔女が住んでいた。
魔女は漆黒の闇に溶け込むような真っ黒な髪と、燃えるような真紅の瞳を持った女らしい。
しかし一度魔女に遭遇してしまったら、その者は呪い殺されてしまうという噂だった。
村の住人は魔女を恐れ、滅多に森を訪れようとはしなかった。村の食料のために森の入り口近くにある川の魚と、樹木に生る果物を取りに来るくらいであった。
ある日、掟を破って森の中を散策していた若者がいた。
若者はその村一番の働き者で、住民の誰からも慕われていた。
村長の娘と婚約をしていて、幸せな人生を歩むはずだったのだが……。
雨が激しく降る深夜、若者は死体で見つかった。
抵抗したような痕跡はなく、首筋に噛みつかれたような二つの傷と、胸には銀のナイフが突き立てられていた。
若者を愛するあまり激昂した村の娘は、その身体からナイフを抜き取り、森の奥へと駆け出す。
住民は必死に止めたが混乱とその娘の気迫に負けて、娘を止めることが出来なかった。
「私のレインを返して!!」
魔女の小屋へと辿り着いた娘は、血塗られた銀のナイフを魔女へ向かって突きつけ叫んだ。
雨に濡れ、激しい風に晒され、愛する男を失った女のその姿はあまりにも酷い姿であった。
魔女はこの娘が若者の妻か、と乾いた声が心の中で零れ落ちる。
「レインか…その者がどうかしたのか」
「とぼけないで!!アンタが惑わして、殺したんでしょう!!!!」
「…っ!?」
魔女は驚きを隠すこともなく、娘に詰め寄った。
「どういうことじゃ。レインが……死んだとでも言うのか」
「ふざけないで!!!アンタが殺ったくせに……彼が何をしたっていうの!!!」
(いったいどういうことなのじゃ…)
怒りと悲しみに飲み込まれた娘は、全ての感情をぶつけてきた。
血塗られた銀のナイフ。
か細い腕から振り下ろされたそれは、魔女の肩口へと突き刺さった。
「く…っ」
「呪ってやるわ……アンタなんか怖くないわよ。何故かしら?どうして今まで、私たちはアンタなんかに怯えていたのかしら。こんな……ただのオンナなんかに!!!」
高らかに笑い狂う娘に、魔女は呆れて吐息が零れる。
何も分かっていない…。
娘が振り下ろした先は、自分の胸だというのに。
ナイフが刺さったまま笑い続ける娘が憐れであった。
しかし、自分も殺されるわけにはいかない理由のあった魔女は、小屋を後にする。
娘を避けて扉を開け、振り続ける雨の中へと消えていく。
己の惨状に気が付いた娘は、消え行く魔女に呪いの言葉を吐き続けていた。
「呪ってやるわ…アンタのその髪も、瞳も…全部ぜんぶ、半分になってしまえばいいのよ!!私の一族が、絶対にアンタを許さないわ!!!」
その声が枯れるまで、その命が消えるまで、娘は叫び続けていた…―――――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ねぇねぇ、そのあとはどうなっちゃったんだ?」
「魔女は命からがら生き延びて、お腹にいた子供と過ごしたそうだよ」
「えぇ!それって…死んじゃったレインの子供?」
「さぁ…それはどうなのだろうな…真実は、魔女にしか分からぬ」
凛の頭を軽く撫で、御伽噺はそこで終わりを迎える。
けれど凛には納得出来なくて、どうしても結末が知りたかった。
男はどうして死んでしまったのだろう?
消えた魔女は、その後どうなってしまったんだろう?
どうして娘は魔女を殺すことが出来なかったのだろう?
――――に答えを求めるけれど、困ったように笑うだけで何も教えてはくれない。
宥めるように諭されるけれど、やっぱり腑に落ちないので顔がむくれる凛に、その人は内緒だよ、と言って教えてくれた。
「生まれたその子供は、娘に呪われて本当に半分の姿でこの世に生を受けたのだ。瞳は魔女の真紅の瞳と、男の碧い瞳。そして魔女の力の元となる漆黒の髪は、力を発揮する時だけ。それ以外の時は銀の髪なのだ」
だからその髪と瞳を持つ一族は、一目で呪われた種族なのだと分かるようになっている。
そしてその一族は見つかり次第、娘の一族の者にその命を狙われ続ける運命なのだ…――――
そう悲しげに話すこの人に、凛はわけも分からず悲しくなった。
「どうして、のろったりなんかしたんだろう。そんなことしても、死んじゃったひとはかえってこないのに」
「それはお前がまだ、大切なものを手に入れていないからだ」
「たいせつな…もの?」
「そう…。誰かを犠牲にしても、誰かの命を奪ってでも欲しいものがあるとき、人というのはどこまでも傲慢になれるものなのだ」
「じゃあ、おれは――――のためにごーまんになるっ。だっておれ、――――がいちばんたいせつなんだもん!」
「………。くくっ、そうか…お前は私のために傲慢になれるというのか」
「あ!またばかにしたぁ…。おれはいつだってほんきなのに!!」
「はいはい、そうだな…」
ぜったい本気にしてくれていない…。
ぶぅーっと膨れて見せるが、余計に子供っぽい気がしてすぐに止めた。
「おれはそのキレーなカミも目もだいすきだから」
「凛……?」
凛はその人の流れるように輝く銀の髪にそっと触れて、確かめるように手のひらに乗せる。
サラサラと零れ落ちていくその感触を確かめながら、不思議な色をした瞳を見つめる。
「おれは、たとえのろわれてたって、ずっとすきだよ……――――シューラン」