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第六話


拝啓(はいけい)、天国にいるお祖母様。


お元気でいらっしゃいますか…?

お祖母様が俺にたくさんの愛情を下さっていたことを、俺は今になって身に()みて実感しています。

だけど、ごめんなさい。

俺はもうすぐそちらへと旅立ちます。

こんなに(けが)れてしまっては、お祖母様に会えないかもしれないけれど…もうこんな拷問(ごうもん)には耐えられそうもありません。

まだ十分に供養出来ていないかもしれないけど、不出来な孫を許して下さい……。

(俺の人生も、ココまでか……。あぁ、あの人との約束も果たせなかった…)

凛は広い生徒会室という密室で、華園に追い立てられていた。

他にも席はあるのにもかかわらず、ソファに腰を掛けていた凛のすぐ傍にまで寄り添って座り、先ほどから執拗(しつよう)なまでに攻め寄ってくる。

凛は逃げ出すことも出来ず、かと言って助けを求めることも出来ず、ただ与えられるがままに華園によってもたらされるものを甘受(かんじゅ)していた。


「ほら…凛、可愛い手がお留守になっているぞ。もっとしっかりと動かさないと駄目だろう」

「や…かいちょ…もう、無理です…っ」

「もう降参か?まだまだイケるだろう…?それに(えい)と呼べと、何度教えたら分かるんだ」

「んっ…英センパ……ごめんなさい…俺…ちゃんとするから…だからもう……ぁっ」


華園の攻めは容赦ない。

少しでも早く終わってくれるように願うしかない凛は、現状の責め苦に耐えるしか他に(すべ)がなかった。

どれだけしても解放されない苦しみ。

華園ほど経験豊富な男なら、それくらい分かってくれているハズなのに。


「もう……ダメ…「僕の凛に何やってンだよえーーーーいッッ!!!」…―――――っ!?」


その時突然扉が豪快に開かれ、飛び出してきた鷹司が華園に向かって叫び散らした。ズカズカと部屋の中を横切ると、華園の隣に座っていた凛を横から奪い取る。

華園の悪手から守るようにぎゅっと抱きしめると、不機嫌な表情を隠そうともせずに華園を睨みつけていた。


「凛?大丈夫か…っ?英の野郎に何されたんだ。触られたとこ全部僕に教えるんだ!僕が全部消毒してあげるからね」

「えっ…?は、ハイ??」

「ねぇ、何処…?首?胸?お腹の辺り?それとも…―――――」

「なっ…ちょっ、アンタどこ触ってんですかっっ!!?」


確かめるように身体中をあちこち触れてくる鷹司の手。

目元の辺りから頬、首筋、鎖骨の辺りへと徐々に降りてくる冷たい感触。

制服のシャツを(まく)って腹の辺りにまで及ぶと、さすがに凛も(あせ)った。

心配そうな表情(かお)をしてるくせに、言ってることとやってることがまるで違う。

かと言って、誤解を解こうにも全く人の話を聞いてくれるような状況でもなかった。


「ちょっ…センパイっ、止めてくださいっっ。何ヘンな勘違いしてるんですか…っ」

「勘違い?じゃあ何、凛は合意の上で英なんかとしてたってわけ?僕が1年もずっと口説いてたって見向きもしなかったくせに、英には簡単に許しちゃうんだ、凛は?」

「何ワケ分かんないコト言ってんですかっ。合意って言うか…じゃなくちゃ俺、退学になっちゃうかもしれないし…仕方ないじゃないですかっ」

「何だって!?英、お前いつからイタイケな少年を脅すような愚者に成り下がったんだ!?」

「さぁ…何のことかな」

「はぁ!?だから違うんですってば!!」

「ダメ。僕の言うことを聞かない凛なんか知らない。いいからこっちにおいで」

「うわっ」


グイと凛の肩を引き寄せて強引に立ち上がらせる。

その時、ガタンとテーブルに凛の足が当たり(そば)にあった書類がバラバラと大量に床に散らばってしまった。


「ああーーーーーっっ!!!」


それを見た凛は驚愕(きょうがく)した。

この数時間の間に耐えてきたこと全てが、ほとんど無に()してしまったからだ。


「え?何ナニ?」

「あーあ……確実に嫌われたな、紅。ククッ、私としてはその方が良いのだがな」

「は?え?何で僕が凛に嫌われなきゃなんないの」


何のことやら全く状況を理解出来ない鷹司とそれをからかう華園。

そんな二人のことなど最早視界にすら入っていない凛は、これまでの苦労を思って泣けてきた。

しかしそれ以上に、己の努力を水の泡と化した鷹司への怒りが沸々(ふつふつ)と湧き上がってくる。


「せっかく頑張ってやったのに………俺の苦労が……っ、何で何だよ…なんでアンタはいっつも俺の邪魔ばっかりすんだよ…っ。俺、アンタに何かしたのかよ?念願叶ってようやくココに入学出来たと思ったのに、登校初日から追い掛け回されるわ全校生徒の見世物パンダにされるわで散々だしっっ!」

「えっ、ちょっ、凛、待っ…」

「夏休みに補習をやらない代わりに資料整理やってたっていうのにアンタが勘違いして滅茶苦茶にしちゃうし!やっともうすぐ終わりそうだったのに、どうしてくれんだよッッ!!!」


切羽詰った凛は敬語を使うことすらも忘れて鷹司に激昂(げっこう)していた。

テーブルの上に乗せられていた大量の資料。

最早原型を留めていないほど無残に散らばってしまっている。

これは2学期に行う文化祭の予算案や模擬店の規定、安全面の考慮などといった様々な資料が取り揃えてあった。

凛はこの膨大な量の資料を読み、内容を理解した上で的確に仕分けていたのだ。

内容によって注意を促す対象違うからだ。

生徒側が気をつけなければならないこと、学校側が考慮しなければならないこと、またはその両方が互いに善処しなければならないことや要望事項などなど。

あまり賢い方ではない(と自分では思っている)凛にとって、この作業は苦痛を極めていた。

どの観点から考えなくてはならないのか。

それと同時に考慮しなければならないことは何か。

付随(ふずい)する項目はどれか。

普段、頭を使わないのに珍しくフル回転していたため、すでに思考回路は限界だったのだ。

でもそれももう少しで終わりだったハズなのに…。


「………っ」


大きな黒い瞳にうっすらと光るものが込み上げて来る。

わなわなと震える唇を(こら)えて、ぎゅっと目の前の憎い男を睨み付けた。


「………んたなんか…っ」

「り、ん…?」

「アンタなんか…っ、だいっきらいだ――――――――ッッ!!!!!」


本能のままに怒りをぶちまけると、凛はそのまま部屋を飛び出してしまった。

バタンッ!!と激しく扉が開かれると共に消えていく凛。

戸惑う鷹司に、華園は軽蔑(けいべつ)するような冷たい視線を送っていた。


「ククッ…泣きそうなあいつも美味そうなものだな」

「なっ、ダメだ!アレは僕のだ!!」

「まだお前のものにはなってはいまい。むしろ、アレが私を選ぶ可能性の方が高いと思うのだがな。それにお前は、諦めるのでは無かったのか?」

「…っ、ホンッットお前って嫌なヤツだな」

「お前が煮え切らないからだ」


ふっと楽しげな笑みを浮かべると、思い出したかのように開け放たれたままの扉に視線をやる。

すっと凛が去っていった廊下の奥を見つめると、今にも地団駄(じだんだ)を踏みそうな顔をしている相方にささやかな助言を送った。


「早く追いかけなくていいのか?今頃きっと泣いているんだろうな…どっかの誰かが馬鹿な勘違いをしたせいで、せっかく私の(しご)きに耐えてこなした課題を無為にされてしまったのだから。泣き腫らした顔のあの子は特に可愛いんだろう。あの子を狙う(けだもの)が、また増えるんだろうな」


まぁもっとも、お前にはもう関係の無い話だったな…と続ける華園の言葉に、鷹司がぴくりと反応を示す。それでも何かに耐えるようにその場から動き出さない相方に、華園はさらに容赦なく言葉を浴びせていく。


「やはり…お前なぞにアレは勿体無い。元々は私の獲物(・・・・・・・)だったのだ。幸い私はアレに好かれているしな…私が貰い受けるのが筋ってものだろう。私が優しく慰めてやれば、アレもすぐに私に身を委ねるであろうしな。それこそさっきお前が想像したようなことを、だ」

「く……っ、お前ぜってーわざとだろ!」

「さぁ…何のことだ?」


しれっと涼しげに答える華園に、鷹司はますます苛立ちを覚えた。

最初は見向きもしなかったくせに。

初めに目を付けたのは自分なのだ。それなのに、我が物顔であの子の傍にいるこいつが許せない。

そして、自分よりもこいつといることを望む凛が何よりも憎らしかった。


「凛………」

「仕事の邪魔だ。さっさと行って来い」

「お前が呼び出したくせに」

「叶芽は?そっちに行かせたんだが」

「ウザかったから埋めてきた。」

「またか…哀れな(しもべ)だな」

「あいつが勝手に付いて来るだけだ」

「ふっ…嬉しいくせに。素直じゃないな」


お前ほどじゃない、と続けようと思ったが、冷ややかな瞳の奥に実は怒りの色が混じっていることに気が付いて止めた。

これ以上怒らせるのは得策ではない。


「…出かけてくる」

「あぁ、そうしろ。土産も忘れるなよ」

「知るか」


ぶっきらぼうに言い返すと、そのまま部屋を出て行った。

華園はふぅとため息を零して扉の向こうに消えていく相方を思う。


「本当に…―――――不器用な人だ」




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