第五話
新月の夜、静かに3つの影が闇に堕ちている。
僅かな星の光に照らされた者達は、人目を忍ぶようにそっとその場に舞い降りていた。
そのうちの一つがそっと片手を伸ばして大木に触れると、新緑の葉が鮮やかな朱色の花びらに染め変えられる。
夜風に揺られて流れる銀の髪と、闇に浮かぶ二つの瞳。
この世のものではない美しさに、二つの存在は支配されていた。
「このままで、本当に…いいんですか…?」
「………」
「貴方らしくもない。ずっと…この時を、待ち望んでいたではないか」
二つの存在に、その者は答えない。
支配する者はそっと瞳を伏せると、悲しげに微笑みを浮かべてみせた。
「あの約束は…果たされてはならぬのだ」
鼓膜を震わす美声と零した吐息は、やがて溶けるように闇夜の中に消えていった。
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「どぉーも~~っ、生徒会書記のっ、四柳院叶芽クンで~すっっ!!」
因みにこう見えても3年生だよっ、と先ほどから異様なほどテンションの高い少年が部屋から出されるなりいきなり自己紹介を始めやがった。
俺はというと、天使みたいな顔をした少年の姿と中身のギャップの激しさに呆気に取られ、会長が隣にいるのも構わずにポカンと見つめてしまった。
(な…何なんだよ、コイツ…)
ふわふわと波打つ金色に近いクルクルの髪。
大きな碧いの瞳が可愛らしい顔に良く似合っているが、無駄に高いテンションと奇妙な行動が全てを台無しにしていた。
「生徒会って…顔で選んでるんだっけ…?」
いやいやそんなバカな。
仮にも天下の桜華学院。
みてくれだけでどうにかなるような場所じゃない。
しかしながら、さっきから人の身体を好き勝手にぺたぺたと触ってくる四柳院に、俺はソファに座ったまま会長を盾にして匿ってもらっていた。
会長はと言うと、そんな俺の様子を楽しげに見守っている。
(あのぉ…見てないで、ちょっとは俺を助けて欲しいんですけど…)
とりあえず壁にはなってくれているので良しとしておこう。
あまり多くを望むのは何事も良くないしな。
俺は天使のような小悪魔……いや、この場合はじゃじゃ馬天使?を適当にあしらいながら、この部屋に入る前から気になっていたことを会長に聞いた。
「あの…会長、俺…やっぱり補習ですか?」
「うん?なんのことだ?」
「いや、だからその…この間の追試、ダメだったから…。それで俺、呼び出されたんですよね?」
「あぁ、そのことか。凛は元々賢いんだ。どうせ今回だって、紅のヤツがキミの邪魔をしたんだろう?」
「いえいえ、とんでもないですっ!何だってそんなこと…っ」
確かに鷹司が講師だったから集中力を欠いていたかもしれないけど、俺が賢いなんてとんだ大間違いだっ!
天才がうじゃうじゃいる中でも平然とした顔でトップを取るような人とは元から頭の出来が違うのだ。
一緒に居ることさえ恐れ多いのに、「賢い」なんてありえないっっ!!
俺は心の中で超絶叫びまくっていたが、華園にはちっとも届いていない。
「分かっているよ」と優しく頭を撫でられて、クールな容姿を少しだけ柔らかくする。
(うわ…っ、めっちゃ貴重なモノを見てしまった…っ!)
一瞬の出来事に俺が驚いていると、華園はすぐに元の冷たい表情に戻してすっと立ち上がり、シカトしまくっていた四柳院の首根っこを掴んだ。
「うひゃあぁっ、何すんだよ~英クンッッ」
「少しは静かに返事が出来ないのか、お前は。いいからアイツを呼んで来い」
「何でボクが…っ」
そんな体勢だったら誰だって文句を言うだろうに、会長は態度を変えたりはしない。
四柳院に悪気はないのだが、助けてやる義理もないので俺は傍観を決め込んだ。
何ていうか…一瞬で、空気が変わったような気がしたから。
「行くよな、叶芽?でないと……」
「ひゃっ、はいぃぃいいぃ~~っ」
案の定、華園が四柳院の耳元で何かを言うと(きっと何か脅したに違いない)、四柳院はそれこそ脱兎の如く部屋から飛び出していった。
「さて。これで漸く邪魔者が居なくなったな、凛」
「ふぁいっ?」
扉が閉まると同時にこちらに振り返った華園は、身体の芯から凍えるような不敵な笑みを浮かべていた。
「さぁ、始めようか…」