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第四話

シンと静まり返った教室の中で、落ち着いた声だけがたおやかに流れている。

ホワイトボードの前に姿勢良く立った青年は、穏やかな笑顔をそのままに珍しく真面目な表情を(のぞ)かせていた。

凛は流麗な彼の顔を見ないようにして、ボードに書かれた内容と補講用に配られたプリントを食い入るように見つめていた。

(こっち来んなこっち来んなっ!ってゆーか俺を見るなッッ)

3日間の補講の後、再試験を実施して合格すれば見事無罪放免。

しかし、凛にとってはそれどころの状況ではなかった。


「どこが分からない?」


優しげな声音で自然に声を掛けてくる。

けれどそれは上級生として、そして教える立場の者としての態度だった。

先日までの親しげな(図々しいとも言う…)空気は何処にもなく、その身に(まと)う雰囲気は、彼が本当に有能な生徒なのだと言うことを嫌というほど思い知らされる。

ただ綺麗なだけでは、この学院の生徒たちをまとめることも(した)われることもないのだと改めて実感させられた。

(あぁもうホントやだ。何なんだよこの人…っ)

何でこの人は俺なんかに構うのだろう。

もっと可愛くて素直で、頭の良い人がこの学校にはたくさんいるのに。

凛は濡れたように流れる漆黒の髪をくしゃりと握りしめた。

『お前にはこの黒髪が良く似合うな』と、あの人がよく褒めてくれた。

大きな手でからかうように撫でてくれていたっけ。

そんな断片的なものは時折思い出せるのに、肝心なことが何一つ思い出せなかった。

鷹司の態度も核心を突くようなことは何一つしていない。

ウソのような甘い言葉と、事故のような…キス。

だからこそ苛立ってしまう。

まるで自分を、嘲笑(あざわら)っているかのようで。


「いえ…大丈夫、です…」


少し不機嫌な様子で答えた凛に、彼はそれ以上追求してこなかった。





「やっぱりダメだった……」


職員室前でがっくりと項垂(うなだ)れた凛の手には、『不合格』の通達のプリントがあった。

朝、担任から呼び出されてまさかと思ったが、案の定な結果だったのだ。

彼の授業はとても分かりやすかった…ように記憶しているが、如何(いかん)せん、彼の動向が気になって気になって仕方がなく、ろくに頭に入っていなかった。


「も~ヤダ……」


マジ自分探ししてる場合じゃねぇ…。

凛は思わず頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。


「はぁ…」


このままでは押し迫る現実に負けてしまう。

不合格者には(と言っても凛しかいない)生徒会室でお説教ならぬ、特別講習がある…らしい。

担任から笑われながら渡されたプリントには、テスト結果と今日の放課後に生徒会室に来るようにとしか記述されていない。

生徒会室と言えば、例のちょっと(あや)しげな生徒会長と、最近の悩みのタネの元凶である鷹司がいるではないか!

あぁ、行きたくない。

このまま逃亡しちまおっかなぁ~なんて誘惑に駆られるけれど、サボったが為に後日バイトする時間をもっと削られるのはマズイ。

潔くササッと行ってとっとと怒られて逃亡するか、このままエスケープしちまうか。

両者のメリット・デメリットを考えながら云々(うんうん)と天秤が揺れる。

こんなに一所懸命に考えるくらいなら、最初から真面目に勉強していれば良かった。

今更そんなことを思っても、後の祭りなのだが。

そう思わずにはいられないのが人間の(サガ)ってヤツなのかもしれない。


「ま、いいや。後悔してたって仕方ないし」


フンっと思い切り良く立ち上がると、諦めて最後の審判へと進むことにした。

お説教だけなら、お昼ゴハンは食べれるし、今まで通りあの人を(さぐ)れる。

もしも夏休み返上で補講なら…――――――――その時考えよう。

とにかく今は、何が何でもココを突破して、冬の自分の誕生日までには思い出さなくてはならないのだ。

ここで無駄に考えている時間のほうがもったいない。

そう思い直すことにして、凛は生徒会室へと向かった。


コンコン。

近頃いろいろと疲れていたこともあってか、少し投げやりな気持ちになりながら凛は軽くノックをした。

豪奢な扉の奥からは、明るい声が聞こえる。


「どうぞ~」


軽い調子はどこかあの男に似ているが、声が全く違う。

女の子の声だ。

生徒会に女生徒なんて居たのだろうか…?

そんなことを不思議に思いながらも、凛は警戒するようにゆっくりと扉を開けた。


「失礼しま……!?」

「わあああぁぁぁーっっっ、ホントに凛ちゃんっ、凛ちゃん凛ちゃんっ、愛しの凛ちゃんどわあぁあぁあぁあ~~~!!!」

「はっ!?…………――――ぐはあぁぁっっ!!??」


扉を開けると共に奇妙な言葉を発して突撃してきたモノとぶつかる。

待ち遠しかっただのもう離さないだのワケの分からない言葉を夢中で騒ぎ並べ立て、小柄な凛よりもさらに小さな身体に似つかわしくない怪力でぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。

息苦しさに(あえ)ぐけれど、少年(・・)は凛の様子などまったくお構いなしでその馬鹿力で(なお)も凛に抱きついていた。


「ぐっ…苦し……っ、おまっ、何なんだ、よっ!?」

「クンクン…はぁ~~~っ、これが待ちに待って憧れた凛ちゃんの匂いなんだねっ。あぁ、もう、ウットリし過ぎちゃって食べちゃいたいくらいだよぉ~~~ぅっっ!ホント、魅惑的でデンジャラス、それでいて甘美な香りなんだろっっ!!!」

「なっ、何意味分かんねぇこと言ってんだよ!とりあえず俺から離れ…うぐぁっっ」

「り…ん、ホント、ずっと待ってたんだよ(・・・・・・・・・・)

「ッッ!?」


それってどういう…?

少年の発した言葉が気になって、苦しいのも構わず彼を見つめてしまう。

(うれ)いを帯びたその表情(かお)は、少年という年齢よりもずっと大人びたような表情をしていた。

しかし、急に元の子供のように顔を膨らませて不機嫌そうになる。

それと同時に、圧迫されていた身体が解放されるのを感じた。


「待っていたのはお前ではなく、私だ」

「うっっぎゃぁあっ!?なっにすんのさ(えい)クン!!」

「…ふぅ、お前は留守番もろくに出来ないのか…。後で(コウ)に苦情を出して置かねばならぬな」

「ひぇええぇえッッ!?やめてやめて、それだけはお願い勘弁してッッ。こんなに可愛いボクを虐めるなんて何てヒドイ男なんだよ英クンはっ!!この鬼っ!鬼畜っ!!むっつりスケベの人でなしいぃぃ~~~っっ!!!!」

「何だと?お前の(あるじ)の方がよっぽどむっつりスケベの人で無しではないか。そこまで言うのなら、お前はよほど私に仕置きされたいらしいな」

「いいぃぃぎゃあああぁぁあああ~~~っっ!?」


目の前で繰り広げられる展開に思考が付いていかない。

とりあえず、華園が自分を助けてくれたのだということはかろうじて分かった。

何故なら今現在も、突撃してきた少年の首根っこを掴んで片手でぶら下げているからだ。

(会長って…力持ちだったんだ……)

なんてトンチンカンなことを真っ先に思う程度には混乱しているらしい。

断末魔のような悲鳴が部屋の中を木霊(こだま)していたが、華園が少年を部屋の奥の扉へと放り投げ、少し経つとやがて声が鳴り止んだ。


「ふぅ…まったく誰に似たんだか、煩くて敵わない」


部屋から出てきたのは華園だけで、手をパンパンと(はた)くとようやく思い出したかのようにこちらへと向き直った。


「お待たせ、凛。こっちへおいで。お茶でも入れてあげよう」

「えっ!?あっ…、ハイ」


何事も無かったかのように麗しい笑みだけを浮かべて凛をソファへと(うなが)すと、華園は備え付きの簡易キッチンの方へと向かった。


「うわ…ふかふか」


上質な皮張りのソファに腰を下ろすとゆっくりと身体が沈んでいく。

その少し落ち着かない感触と(たわむ)れていると、やがてキッチンの方から食欲をそそる良い匂いが(ただよ)ってきた。

(あぁ…そういえば、収入激減を想定して今日はお昼食べてないんだった…)

ぐぐぐぅ~っとお腹の虫が自己主張をしてくる。

あんまりにも鳴るものだから華園に聞こえやしないかとちょっと心配になってしまった。

(アイツといてもそんなこと考えたりしないのに…)

いやいや、そんな状況に陥ることを想像するほうがもっとイヤだ。

でもどうして会長の前では恥ずかしくないようにしたいって思うのだろう?

学院一の人気を誇り、さらには学内トップの頭脳と家柄、そして自身の圧倒的な存在感を併せ持つ『一般庶民ナメてんじゃねーよ』的な人間がいたら(ねた)みやっかみ反感を買いそうなものなのに、ことこの華園英に関してはそれが全くない。

いかにもなセレブ嫌いの凛も、何故だか彼のことは好印象である。

先日のことを抜きにしたとしても。

すっげー金持ちだし美形だけど自分にはあまり関係ないから嫌いではない、と思うこと事態が、既に彼を特別視しているように思えた。

そんなことをぼんやりと考えていると、やがてトレーを持った華園が音もなく静かにこちらへと歩いて来ていた。


「凛?どうした。今日は少し暑いからアイスティーを入れてみたんだが、紅茶は飲めるか?」

「えっ、あ、ハイ。ありがとうございます…」


会長と紅茶って、何か似合わないよな…。

なんて、ストローの刺さったグラスを受け取りながらふと思う。

クールな印象の華園は、何となく夏でもホットコーヒーをブラックで飲んでいるようなイメージだった。

慣れた手付きでポーションとガムシロップが入った小さなカゴまで用意しているのを見ると、こういったことは日常茶飯事にしているのだというのが分かる。


「腹は減っているか?スコーンを焼いたんだが、良かったら遠慮なく食してくれ」

「本当ですかっ!?」


実はめっちゃお腹空いてたんです…と洩らすと、華園はもう一度キッチンの方へと向かい、今度は軽食まで作ってくれた。

凛は、どうして自分はこの部屋へ来たのかすらも忘れて、美味しい食事と華園との刺激的な話でしばらくの間楽しんでいた。


「っていうかいい加減ココから出してぇぇえええぇえぇぇ~~!!!」


少年の嘆きが聞こえてくるまで、二人はすっかりとその存在を忘れていたのだった。





物凄いカメ更新で申し訳ないです…。

それでもお付き合いくださっている方、本当にありがとうございます!!


あぁ、それにしてもファンタジー要素が出てくるまでの前フリが長すぎる…orz



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