第三話
俺ってば前世で何か悪行を働いたんだろーか…。
でなければ納得出来ない。
なんだって俺がこんな目にあっているんだろーか?
中学時代、成績は確かに中の下だった俺が、必死こいて勉強したおかげでこの名門校に入学出来た。
入学後もいつもギリッギリだったけど、口は悪いが頭は良い雅人の世話になりながらも勉強してきたし、生活のためにバイトにも精を出してきたつもりだ。
それが…
それなのに、何で…
「ぷっ。お前、追試だってな?バッカで~」
「うるさいッッ。お前のヤマが2割も外れたせいじゃねぇかっっ」
「バカ言え。8割も当たってるのに何で赤点取るバカがいるんだよ」
最低限やっていれば70点は難かったのに。と雅人に頭を小突かれながら、凛は理不尽な八つ当たりをしながら机に沈没していた。
本来、試験というものは己の力で乗り切るものなのに、当たると評判の雅人のヤマを当てにし過ぎた上に、そのヤマカケ部分の勉強すらも怠っていたので、もはや自業自得…なはずなのだが。
あぁ~、もうマジ最悪だ。
このままじゃ夏休み中の補習は免れそうもない。
なんと言っても、前回の中間試験も散々で、赤点ギリギリだったのだ。
いや、正直に告白すると、幾つかはアウトだった。
でも縋る様な気持ちでそれだけは勘弁してくれと専任の教師にお願いしたら、『次回頑張れ』と言ってもらえたのだ!
だからこそ、頑張った…ハズだったのに…。
「淡海~っ、今日こそは付き合ってくれるよね?」
いくつかバイトを減らさないとマジでヤバイ…
留年なんかしたらマジで一生の恥だっ。
いや、っていうかその前に学費が払えないぞっ!?
あぁ~、でもでも、夏休み中は超稼ぎ時なのにどうしてくれる…っ。
机に沈没しながら必死で頭の中で計算を繰り返す凛には、声を掛けられたことすら気が付かない。
声の主に気づいた雅人は、触らぬ神に祟りナシ…いや、この場合は人の恋路を邪魔するヤツは…っというわけで、そろそろと教室から出て行った。
同様に、同じクラスの連中も、好奇心ネコをも殺すということを承知しているようで、興味はあれど雅人と共にこっそりと部屋から出て行った。
そんな雅人や周囲の行動すらも気に掛けず、ひたすら云々と唸ってると不意に頭を撫でられる感触がした。
「何だよっ、俺は今、人生最大のピンチの真っ只中にいるんだっ。お気楽極楽、お坊ちゃまで顔が良くてチョーシが良くてついでに頭も良いなんて詐欺師なお前とは違うんだよ~~っっ!!」
乗せられた手をパシリと払い除けて恨み言を重ねる。
あぁ、本当にこれからどうしよう。
凛の中ではすでに追試すらも赤点を取り、せっかくの夏休み中に学校で補講を受けて教師に説教されている図が完成している。
お昼ゴハンは基本的にバイト代で賄っている凛にとって、バイト代が減る=食事が減るという方程式が出来上がっているのだ。
たかがテストで赤点を取ってしまったがために飢え死になんて…っ!
育ち盛りな上に大食いな凛にとって、もはやこれは死活問題なのである。
他人が必死であれこれ考えている最中だというのに、猶も楽しげに人の髪を弄んでくる指先がうざったい。
人がこんなに真剣に悩んでいるっていうのに…!!
「だぁっ!もう、お前のせいだっっ。だからこの俺に昼飯奢りやがれっ!!」
悪戯を繰り返す指を掴んで、凛は雅人を睨みつけた。
「………っ!!!」
しかし、いるはずの雅人は既にそこにはいなく、代わりにニコニコと爽やかに微笑む甘い顔立ちの青年がそこにいた。
「妬けちゃうなぁ。九条のこと、『お前』なんて呼んじゃうんだ?それじゃあ、僕のことももちろん、紅って呼んでくれるよね」
「なっ……」
「あぁ、淡海だけじゃ不公平だよね?もちろん、喜んで僕もキミのことを凛って呼ぶね」
「…………んで…っ」
「さぁ、遠慮しないで、僕の凛。安心して僕の胸に飛び込んでおいでっ!」
「なんでアンタがいんだよーーーーーーーーーーっっっ!!!」
目の前でキラキラと輝くオーラを振り撒きながら極上の笑みを浮かべる鷹司に、凛は掴んでいた手を乱暴に振り払った。
なんでなんでなんだってコイツが2年の教室にいんだよ!?
いやいや、この際それはもうどうでもいい。
それよりも切実なのが、振り払ったハズの指先が自分のそれと絡め取るように重ねていることだ!
触れた指を撫でるように絡ませていく鷹司の行動に、凛の思考回路はパニック寸前だった。
…否、既に考えることを放棄してしまった。
考えるよりも先に手が出る凛は、動物的本能により空いている片手で鷹司の方を押し退けて距離を取る。
思いのほか簡単に拘束が解かれ、ようやく一息吐いた凛は訝しむように鷹司を見上げた。
「何なにナニ!?センパイっ、いったいどうしてなんだってこんなトコにいるんですかっ!!」
「まぁまぁ、凛。落ち着いて?それに、紅って呼んでくれる約束でしょう?」
「はあぁっ!?言ってません、してませんっ、俺は絶対そんなコトいいませんっ!何かの間違いですよっ、白昼夢でも見たんですか!?あぁ、そうですかお疲れなんですね。じゃあ俺なんかに構わずどっかのハーレムな連中でも捕まえてとっとと休んだほうがいいと思います!うんっ、俺にしては名案だっ。じゃ、そういうことで!!」
一気に捲し立てて脱兎の如くその場から去ろうとしたが、鷹司は凛の手首を捕らえ反動を利用してその身体を自分の方へと抱き寄せた。
片腕を腰に巻きつかせて、逃さないようにぎゅっと抱きすくめる。
鷹司の胸に頭を押し付けられた凛は、真上から降り注ぐ視線に不覚にもどきりとしてしまった。
じっと見つめてくる鷹司の瞳。
色素の薄いグレーの瞳が、もどかしげに揺れていた。
神に愛された作り物のような綺麗な顔立ち。
一見冷たく見えるその顔は、甘く人懐こい笑顔と柔らかく揺れる薄茶色の髪が彼の魅力を惹き立てていた。
それが、今は。
「どうしてそんなに僕を避ける?」
「……っ」
そっと耳元で零れるような吐息に乗せて囁く。
切なげな表情が、凛の心を惑わせていた。
掴まれたままの手首が熱い。
鼓膜を震わせる甘い声が、優しく脳に侵入してきた。
なんで。どうして。
今までただ、からかうようにしか接してこなかったのに、どうして急にこんなことをするのだろう。
そして、振り払ってしまえばいいのに、どうして自分はただバカみたいにコイツのことを見ているんだろう。
鷹司の空気に飲まれて、凛は動くことが出来なかった。
「あ…たりまえ、じゃないですか」
「なんで」
「オトコの自分に、ヘンなこと言ってくる人を避けるのは、フツーだと思います」
「ヘンなことって…こういうこと?」
少し不機嫌な声音を吐いて、鷹司が顔を近づけてくる。
あっと思った時には、その薄い唇が凛のものと重なっていた。
僅かに触れただけですぐに去ってしまった感触が、何を指すのか理解したくなかった。
信じられないものを見るかのように瞳を大きく開かせて、ただその整った造形を見つめていた。
「………っ」
「ちょっと意地悪…しすぎちゃったかな」
固まったままの凛をそっと離して、その身体を自由にした。
鷹司は名残惜しげな表情を一瞬だけ見せて、すぐにいつもの軽い顔に戻る。
「今度の補講、僕がやるんだ。そのお知らせに来ただけだよ。ちゃんと参加してね」
何事も無かったかのようにブレザーのポケットからプリントを取り出すと、凛の机の上に置いた。
未だ呆然と立ち尽くしている凛に、その声が届いているかは分からなかったけれど、鷹司はそのまま教室から出て行ってしまった。
一人残された凛は、鷹司が教室のドアを閉めるとともにずるずるとしゃがみ込む。
頭を抱えるように蹲っても混乱は治まらない。
「何なんだよ、もう…っ」
赤点に、追試、バイト代減額によるお昼ゴハンに夏休み返上。
そして……キス。
「最後はぜってー俺のせいじゃねぇ…」
人生史上最低で最悪な一日は、どうかこれで終わって欲しいと切実に願っていた。
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ちょー亀更新で申し訳ないのですが、頑張っていこうと思いますv
よろしくお願い致しますm(_ _)m