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第二話

()うに見ごろを終えた大きな桜の木の傍で、凛はいつものように昼休みを過ごそうとしていた。

通い慣れた道を通り過ぎ、そっと手を伸ばしてザラザラとした木の皮に触れる。

桜の木は目の前にあるものの他にいくつかあるが、一番樹齢が長そうなこの大木がお気に入りだった。

校舎から死角にあなっているのがさらに良い。

他人の視線を気にせずゆっくり過ごすことが出来る。

凛はどっしりと根付いた木の根元に腰を下ろし、ひんやりとする幹に背を預けた。

初夏を感じさせる暖風が、若干和らいだように感じる。


「はぁ~…」


騒々しい午前の空気からようやく解放された凛にとって、この場所は安らぎを与えてくれる特別な場所だった。

サヤサヤと揺れる風に乗って、凛の少し長めの前髪がふわりと流れていく。

コンビニで買ってきたパンには目もくれず、まどろむようにまぶたを閉じた。


『お前が十七を迎えるときまでだ。それを過ぎたら、私はお前に関する一切のことを忘れよう―――…』


忘れられたくない。


自身は忘れてしまったのに、相手に忘れ去られてしまうことが酷く怖ろしいように思えた。

どうしてだろう。

何故かはわからないが、早く思い出さなくてはいけないような気がする。

とても―――…とても大切な何かが、壊れてしまうような気がして。

全ては直感がものを言っているだけなのに、早く早くと急かされる心に自分でも酷く困惑していた。


「サクラ色、か……」


薄紅色の風が舞う様が、銀色と混じって綺麗だった。

サラサラと流れる桜の花びらの中を踊るように揺れていた。

朱に染まった雪の中で、あの人と―――…


「え…?」


何が?

霞が掛かった記憶をもう一度手繰り寄せる。

今、何を思った…?

凛は軽く頭を振るけれど、一瞬過ぎった何かを捕らえることは出来なかった。

目の前には新緑の風と音が穏やかに流れている。

(朱色……?)

もう幾度も続いている消化されない疑問。

(…ダメだ)

思い出せそうで、思い出せない。

何度か続けてみたけれど、いくら考えても仕方が無いと諦めて、当初の目的を果たすべくコンビニ袋に手を伸ばした。


「ん~、一度で二度美味しい『お好み焼きそばパン』はいつ食べても絶品だなっ」


炭水化物同士の組み合わせで、どうしたって栄養価は宜しくないのだが好きなものが好きなのだから仕方が無い。

これの他にも野菜たっぷりハムレタスパンとお肉重視のカツサンド、デザートにほんのり甘いクリームチーズパンが入っている。

小柄な凛の身体の、一体どこに収まっているのか不思議なくらい景気良く消化していく。

一人で食べるのはあまり好きではなかったけれど、友人たちと一緒に食堂なんかで食べたら量は足りないし騒がれるしで嫌だった。

知らない先輩たちに声を掛けられるのも、ハーレム作ってバカみたいに騒いでいる鷹司の存在が視野に入ることも。


そんなことを気にして食べるよりも、思い出のカケラに残っていたこの桜の木を眺めながらぼんやりと過ごす方が断然良い。

そう思ってココで過ごすようになってから、少しずつではあるけれど、忘れかけていた何かを掴めるような気がしていた。


「やっぱり、俺は―――…」


この木が、好きだな…。

食べ終わった残骸を素早くまとめると、頭を木に預けながらそっと幹に触れる。

ざらざらした冷たい感触。

害虫駆除なんて明らかにしていなさそうなのに、一向に虫が()く気配がなかった。

もうすぐ夏なのに、ここだけがいつまでも春を残しているような雰囲気がする。

真冬なのに冴え冴えと花開いていた桜。

落ちる花のカケラと雪が舞って美しかった。

この木の傍にいると、その時の気持ちが思い起こされるような気がして安らぎを覚えることが出来た。

ぼんやりと辺りを見回すと、一際濃い新緑の葉が周囲を覆い茂っていて荒んだ心を癒してくれる。

凛が揺れる若葉と小枝をぼーっと眺めていると、校舎のある方から人の気配がした。


「……?」


視線だけちらっと気配の方へと見やると、明らかに周囲とは違ったオーラを持った青年が現れた。

遠目からでもはっきりと分かる、スラリとした体躯。

背は高く、襟足が肩に掛かるくらい長めの銀髪がとても似合っている。

冷たく感じるほどクールな視線を宿した切れ長の瞳と、彫の深い顔立ち。

その圧倒的な存在感に息を飲みそうになってしまう。


(何で生徒会長がこんなとこに…っ)


凛は以前からこの青年のことが苦手だった。

日本人には決してありえない銀の髪と、どこか他人を突き放したような雰囲気があの人に似ているような気がするから。

それに、生徒会副会長でもある鷹司と仲が良いというのも問題であった。

いつも一緒にいるわけではないが、彼がここにいるということは、鷹司もこの場所へ来てもおかしくはない。

なるべくならヤツに遭遇したくないという心理が働いて、自然と彼を見つけると脱兎の如く逃亡するのが常であった。


(くっそ~~っ、何で俺のお気に入りの場所に来んだよっ、他にも場所はいっぱいあるっていうのに!)


このあとのんびりとお昼寝タイムを満喫するはずだったのに、突然の来訪者に凛は慌ててその場から逃げ出そうとした。

が、がさごそと荷物をまとめている凛に気が付いた青年が、こちらへと一瞥(いちべつ)する。


「げ。見つかった…っ」


ヤバイヤバイと焦りながらも急いでその場から離れようとする。

青年に罪は全くないのだが、どうしたって鷹司の存在が恐ろしい。

少しでも危険を冒したくないという自己防衛本能が、とにかく逃げなくては、と頭の中はそれだけでいっぱいだった。


「…待って」


不意に声を掛けられてぎょっとする。

話したこともない人間に声を掛けられたっていうのもあるけど、発せられた美声に純粋に驚いた。

一瞬でもドキッとして固まっていると、青年が凛の目の前までやって来ていた。


「キミ、淡海凛だよな?」

「そう…ですけど、あの」

「私は生徒会会長の華園(はなぞの) (えい)だ。」

「いえ、それは知っています。そうではなくて、その…いつも鷹司副会長と一緒にいらっしゃるから」

「あぁ、そういうことか。あいつならここにはいない。私一人だ」

「本当ですか!?それなら良かったっ」


はぁ…と安堵の声を洩らすと、華園は少し目を(みは)って驚いていたが、懸念(けねん)していたことが杞憂(きゆう)に終わってほっとしていた凛は気付かなかった。

(あぁ~良かった、マジで。会長だけなら特に何も問題ないし。この人、綺麗過ぎて近寄り難いけど、別に悪い人じゃないしなぁー)

超・名門高校の生徒会なんぞやっているくらいだ。

さぞかし優秀であることは聞かなくても分かっているが、それでは何故こんな広い学校の敷地内でも端っこの方にある辺鄙(へんぴ)な場所に彼がいるのだろうか?

ふと疑問に思って華園の方を見上げると、思いもよらぬ優しげな瞳でこちらを見つめていた。


「…でも、どうして会長がこんなところに?」

「私は時々、ここへ来るんだ。キミがいつも座っている(・・・・・・・・)、あの桜の木があるだろう?あの木を見ていると、不思議と気分が落ち着くんだ」

「…!!」


この人、俺と同じことを思ってる…

自分が抱いていた不思議な感情を、同じように思ってくれている人がいたことに驚くのと同時に嬉しさが込み上げてきた。

見上げると、いつも冷たいと思っていた瞳がキラキラと輝いて見えた。

(この人マジ良い人っ!うぅ~っ、何かスッゲェ嬉しいんだけどっっ)

うずうずとこの歓喜を表したい衝動に駆られていると、華園はそっと手を差し出してきた。


「凛と呼んでもいいか?私はキミをもっと知りたい」

「え?あっ、ハイっ!好きに呼んで構わないですよ、会長」


凛は差し出された手を取って握手を交わす。

外見によらず、その手のひらは大きくひんやりと少し冷たかった。

(何か…この学院に来て初めて先輩・後輩らしいことしてるぜ、俺…)

帰宅部である凛が上級生と関わることなど滅多に無く(鷹司は別として…)、クラスメイト以外とはほとんど接触を持たないので、この偶然の出会いを嬉しく思った。


「では、私のことは(えい)と呼んでくれ」

「えっ…えっと…じゃあ……英…センパイ?」

「くくっ…呼び捨てで構わないのに。可愛いな、凛は」

「いえっ、天下の会長様にそんなコト出来ませんよっ」


握った手をそっと口元に持っていかれ、手の甲を反してからかうように指先に唇を落とされる。

少し(かが)んで上目遣いに見つめられると、何故かドキリと緊張した。

(なっ…なんで俺ってば焦ってんだよ!?)

くすりと吐息を零された手をバッと引いて、強引に華園の手から離す。

華園は気分を悪くすることもなく、クスクスと楽しそうに微笑んでいた。


(コウ)に知られたら怒られるかもな」

「え、何が…」

「どうやら私も、キミのことが気になって仕方がないようだ」

「はあぁっ!!!??」


何言い出すんだ、この人は…??

頭の中が疑問符だらけの凛には状況が正しく理解出来ない。

わたわたと慌てていると、華園はそれ以上無理強いすることはなく距離を取った。


「それじゃあ凛、またな。もう少し一緒に居たいところだけど、生徒会の仕事があるから」

「あっ、はい。お疲れ様です…」


華園は中途半端な言葉だけを残すとそのまま校舎の方へと去っていった。

凛は数歩後ろに下がるとずるずると木の根元にしゃがみ込む。

(一体何を考えてるんだ、あの人…)

まさか華園もホモ…

いやいや、無いって!!

しかも何で俺!?

からかわれてるだけだってのっっ!!


予鈴の鐘がなるまで、凛はしばらくその場で百面相をしていたのだった。




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