第二十六話
「シューラン……?」
嘘だろう?
目の前に映るこの人が、ずっと求めていた存在が、今、自分に向けられるその声が。
「この姿では久しぶり、になるのだな」
「シュ……ラン……っ!!」
本物なのだと思ったら、耐え切れずベッドの中にいる彼へと飛び込んでしまっていた。
彼に触れて、抱きしめて、その存在が幻ではないことを何度も何度も確かめる。
ぎゅっとしがみ付いて離さない俺に呆れることなく、シューランは俺を抱きしめ返してくれた。
「泣くな。私はちゃんと、約束を守ったであろう?」
「バカバカバカバカアホシューランーーーっ! ずっとずっと会いたかったんだから! 何で俺のこと一人になんか出来るんだよっ! すっごく寂しかったんだからなっ!!」
「すまぬ、リン。私もずっと、そなたをこうして抱きしめたいと、ずっと願っていた。まぁ、それだけでは満足出来ず、結局あれこれ手を出してしまったのだがな」
「……え?」
いま何か、不穏な台詞を聞いたような気がするんですけど……。
柔らかく自分に触れるその手に、安心感を覚えると同時に、何か既視感を感じる。
ニヤリ、と意地悪く微笑んだその表情に、何故かものすごーーーく覚えがある。
さっきまでいた先輩の姿が見えないせいだ。
だからか、何かとてつもなく嫌な予感しかしない。
まさか、ね?
「鷹司紅というのは私の人間形態時の精神体だ。本体よりも少ない力で維持出来るからとても便利なのだが、調子に乗りすぎて少々性格に難が出てしまうのが問題だな。まぁ、お主はどっちの私も好きなのだから、問題はなかろう」
「はい……?」
「鷹司紅も、私も、どちらも好きになって困っていたのだろう? 安心しろ、どちらも私だ。お前に目を付けていた輩は残らず牽制・排除しておいたから、何も問題なぞない」
「えぇえええぇぇぇぇえ!!? ちょっ、えっ、センパイがシューラン!? シューランがセンパイで……って、えぇえぇぇぇぇえぇぇええ!?」
「そんなに驚くことだったか? てっきりリンは、薄々気がついているのだと思っていたが……少し落ち着きなさい。ほら」
天地がひっくり返そうなくらい吃驚している俺を余所に、シューランがあやすように背中をポンポンと撫で、よしよしと言い出しそうなくらい子ども扱いをしてくる。
その変わらない優しさに安堵しつつ、自分はもう子どもではないのだと反発したくなる。
「うぅぅぅ、なんかすっごく恥ずかしい……」
センパイがシューランで、シューランがセンパイなのなら。
今までのあれやこれも、全部シューランとしていたってこと……?
ふっとその時のことを思い出し、穴に入って埋もれたいくらい恥ずかしくなった。
ぼっと顔が真っ赤になってしまった俺は、それを隠すようにシューランの胸の中に顔を埋めた。
「リン……? 大丈夫か?」
そっと心配そうに俺に触れてくる、体温のない優しい手。
ゆっくりと頬を撫でるその感触は昔のままだった。
「うぅ、何か納得出来ないけど分かった。いや、恥ずかしいのは我慢出来ないけど、シューラン……センパイでもあるのか。もうどっちでも良いや。ずっと、傍にいてくれるなら良いよ」
「リン、そのことなのだが……」
羞恥心を堪えて苦笑を浮かべながら見上げると、困ったような表情を浮かべた双眸にぶつかった。
俺はゆっくりと頭を横に振り、じっと見つめる。
「もう、時間がないんでしょう? だから俺を遠ざけた。でも、俺は、センパイと……シューランと、もう一度出会えて良かった。だってそうじゃなかったら」
強い意志を乗せて。絶対に譲る気なんかない。
俺は、この瞬間のためだけに、約束を糧に過ごしてきたんだと言い切れる。
今なら分かる。
「シューランのこと、助けてあげらなかったんだから」
この身がどうなろうとも。
一番大切な存在が助けられるなら。
「だから」
どんな手を使ってでも。
「俺を、仲間にして――――シューラン」
たとえ、人間ではなくなったとしても構わない。
俺は、魔女を愛した一族の末裔なのだから。