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第二十四話


 扉を開けると、いつか見た風景と変わりない景色が飛び込んできた。

 広い大きなエントランスに、豪奢なシャンデリア。洋風を中心とした煌びやかな内装は、遜色褪せることなく華やかなままだ。中央に位置する幅広の階段は、小さな頃に転げ落ちてみんなを心配させたような記憶がある。


「エイ、カナメ」


 鷹司先輩が慣れた口調で二人の名を呼ぶと、制服姿ではなく、まるで執事のような白いシャツと黒いタイ、同じ色のスラックスにベストを身に付けた英先輩と四柳院が現れた。


「「ここへ」」


 恭しくこうべを垂れて、きっちりと礼をする二人。

 そんな二人の様子に戸惑いながらも、どこかで納得している自分がいた。


「あの部屋へ入る。私とリンが入ったのち、厳重に結界を張れ。内側から壊すまで、何人たりとも進入を許さぬ。よいな」

「……なっ、それは……! フェルーナ様!」

「反論は許さぬ、カナメ。エイ、後を頼む」

「私としても、反対を申し上げたいところですが……良いでしょう。御意に、我が主」


 声を上げる四柳院を制止し、英先輩が受諾すると、四柳院もそれに従った。

 俺はどう反応したら良いのかわからず、ただそのやり取りを見守っていた。

 その答えはきっと、今から分かるだろうから。


「リン、おいで。『約束』を、守ろう」


 鷹司先輩の言葉に無言で頷いて、その足が向かう部屋へと入っていった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 見覚えのある、ひんやりとした室内。

 どこかで見た白い壁。

 その先には、いつか目覚めたシューランの部屋だった。

 豪華なベッドには幕が下ろされているけれど、誰かがいるのを感じた。

 カチャン、と扉が完全に閉まるのを確かめると、ピンと張り詰めた空気が周囲を覆ったような気がした。もしかしたら、さっき言っていた結界というやつなのかもしれない。


「センパイ……?」


 呆然と立ち尽くすしか出来ない俺は、この後どうすればいいのか分からず先輩へと声を掛ける。

 穏やかな……どこか決意をしたように見て取れる先輩の表情が、やけに印象的だった。


「ごめんね、リン。僕はずっと、キミを振り回してばかりだった。どうしてもキミが欲しくて……忘れられなくて。僕の我侭が、キミの人生を狂わせてしまったんだ」

「え?」

「だけどキミは、果たされてはいけない約束を守ってしまったんだ。だから僕は……明かさなくてはいけない。哀れな男の結末を。キミの血に隠された――――真実を」

「しん……じつ?」


 一体何を、と尋ねる前に、目の前の布が捲くられる。

 目にしたものは、人形のように美しく、まったくせいが感じられない男の姿だった。

 銀の美しい髪。透けるように白い肌。長い睫毛に真っ直ぐに通った鼻筋。

 閉じられたままの瞼の奥には、同じように綺麗な瞳があるのだろう。

 左右で異なる、美しい色をした瞳が。


「シュ……ラン?」


 ともすれば衰弱しているかのようにも見える、求め続けていた人の変わり果てた姿。

 ただ眠っているようにも見えるけれど、この人が眠っている・・・・・ハズがない。


「どうして……」


 眠らないはずの彼が、何故ベッドに横たわっているのだろう。やっと会えた喜びよりも、不安と恐怖が襲った。

 ふいに鷹司先輩のほうを見ると、申し訳なさそうな……どこか苦しげな表情で微笑んでいた。


「まずは昔話からしようか。ここにお座り」


 そういって、俺をベッドの傍にあるソファへ促すと、鷹司先輩も向かい合わせの形になるように座った。


「むかーし、昔。今よりもずーっと遠い昔。それこそ、キミがまだ()や、この男と出会うよりも、キミが生まれるよりずっと過去に時間を遡らなければならないんだ」


 そう切り出して、先輩はどこか物語を話すような口調で語りだした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 山奥の中にひっそりと、村とも呼べないような部落がそこにはあった。()の母はその部落とは離れたもっと奥深い森の中で、ほとんど人と会うことなく静かに過ごしていた。

 ある時、少年が部落で禁止されていた区域へと入り込んでしまっていた。

 母はそれを侵略行為として諌めようと姿を現し、その者に警告を発した。


「部落の者よ。ここは我らが一族の領域。早々に立ち去るが良い」

「!?」

「……我らと盟約と結んだことを忘れたとは言わせない。我らがこの地を治める代わりに不干渉であることを。もはや、これ以上の愚行を許す気はないぞ」

「……ま……さか、貴女が森の、魔女?」

「ふぅ……なんだ、唯の迷子かゆえ? 最近は特に部落の者どもの侵略行為があったかと思えば、我の住処近くまで来られたのが迷子とは……世も末じゃな」


 はぁー……と人間臭くため息を零し、部落の近くまで送ってやるぞ、と珍しく迷子の救出をしたのが始まりだった。

 それから数年後、少年は逞しい大人の青年へと成長し、澄んだ碧い瞳はさらに輝きが増し、艶めく銀の髪を無造作に散りばめながら、やがて魔女に恋を囁くようになった。


「ねぇ、僕と一緒になって欲しい。僕は村長の娘と結婚する気はないんだ。僕が欲しいのは初めて会った時からキミだけだし、これからも貴女だけだよ」

「ふぅ……レイン、またその話か。何度も言っておろう。我はこの地から離れられぬし、そもそも種族が違うであろう」

「そんなの関係ないよ。僕はただ、キミといたいだけなんだ。愛してるんだよ」

「むぅー、またそのような戯言を」

「あっ、またそんな連れないこと言う。ねぇ、僕は本気だよ?」

「あーはいはい、分かった、分かったからもう早よ戻るのじゃ。ここ数年、お主は見事に部落のものを騙し通し、魔女の住処(ココ)へと来よったが、うすうす怪しんでおるものもおるのじゃぞ? そうなっては、お主が困るであろう」


 村の中で居心地が悪くなってしまうぞ、と軽く嗜めると、そんなの関係ないとばかりに甘い言葉が嵐のように飛び掛る。

 何とか宥めて村に帰した後、魔女は一人思案に暮れていた。


(まいったのぉ……これで嘘偽りがどこにもないと言うのだから、人間というものはほんに面白い。しかし……)


 長い年月を、ずっと一人で過ごしてきた魔女にとって、その存在は悦びでもあった。

 同種は我が一族を破門も同然の扱いであるし、一族の者もほとんど残っておらず、共に生きるものもない。

 青年が村での成人の儀が終わって、それでも村の者と一緒にならぬなら。

 そこまでして自分を選ぶのなら。

 そんな希望にも似た未来を、望んでしまった。


 ヴァンパイアが人間に恋をし、共に悠久の時間(とき)を生きる。

 そんな、あってはならない未来を。


 過去に同じ過ちを犯し、闇に葬られた先祖と同じ道を、選んでしまった。



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