第二十一話
翌日。
ようやくベッドから開放されて、いつものようにシューランと一緒に大木の下でまったりとしていた。
変わった御伽噺をしてもらったり、エイが作ったおやつを一緒に食べたり。
その中でもゴロゴロしながら髪を撫でてもらうのが一番好きな時間だった。
「シューランのカミって、なんでこんなにキラキラしてるんだろーね」
さらりとした手触りが気持ちよくて、ずっと触れていたいのに、あまりにもサラサラとしすぎてあっという間に手の中から零れ落ちてしまう。
何度も試してみるけれど、やっぱり掴むことが出来なかった。
「……何をそんなにムキになっているのだ?」
「だって、とってもキレイだから。シューランってどうしてそんなにキレイなの?」
至って普通に疑問に思っていたことを口にすると、シューランは困ったような笑みを浮かべて母親譲りの真っ黒な髪を優しく撫でてくれた。
「私は、綺麗などではない。むしろ、お前の方がよっぽど綺麗だ。この漆黒の髪も、その身も、その心も……私には、眩しいほどに」
そういって、少し目を細めて見つめてくるけれど、自分が綺麗だなんて納得がいかなかった。
自分に向けてくる優しい視線も笑顔も、綺麗以外にどう表現していいのか分からないくらい、キラキラしてて、どうしてか分からないけどドキドキもした。
「…………どこがだよ? おれ、キレイよりカッコイイがいいなっ」
「くっくっくっ。お前は相変わらず面白いな」
「えぇ!? なんでだよ!?」
意味わかんない、と苦情を出すけれど、笑ってばかりで答えてはくれなかった。
「さて、そろそろ日も暮れる。……もうおうちへお帰り」
「やだっ。もっとシューランと一緒にいたいし遊びたいよっ!」
「ふふ……困ったヤツだな。いつか、お前も私のことを忘れてしまうのに」
「そんなことない! なんでいきなりにそんなこと言うんだよ!? だってシューランはいつもおれとあそんでくれてるじゃん。おれ、シューランのこと、わすれたりなんてしないっ」
いつもだったらそんなこと言わないのに、どうして急に突き放すようなことを言うのだろう。
このまま別れてしまったら、もう二度と会えないような気がして怖かった。
「ね、『やくそく』してっ。ずっとずっと、えいえんに、いっしょにいられる『やくそく』」
「永遠に?」
「うんっ。おれ、シューランのことだいすきだもん。ずっとずっと、いっしょにいたい。オトナになっても、それからも」
「お前が大人になっても、か……」
その時まで、自分は生きていられるのだろうか……と呟いた声に、気付くことが出来なかった。
「おれ、シューランのイチバンでいたい。……だめ?」
懸命に、そう……絶対に譲れない、シューランが大好きという気持ちを言葉にするけれど、まだ幼い自分では上手く伝えられなかった。
それでもどうしても一緒にいたくて、傍にいたくて。
『永遠』なんて不確かな言葉を口にするしか無かった。
「お前が私の一番になってしまったら、困るのはお前の方なのに……」
「なんでそうゆーコトいうんだよっ。おれのこと、そんなにキライだったのかっ?」
「そうではない。お前が嫌いだとかそういうことなのではなくて……ただ、私は―――――ヴァンパイア、なんだ。お前と共に生きるには、支払う代償が大きすぎる」
「ばんぱいあ……?」
聞いたことのない言葉。
それが何だというのだろうか。
別にシューランが何であろうと、自分には関係ない。そう言おうとしたけれど、「そうではないのだ」と制止されてしまった。
「リン、良く聞きなさい。私やエイは、ヴァンパイアという妖……、人ではない存在なのだ」
「人じゃ、ない……?」
人じゃないものって何だろう? と思うけれど、答えは出てこなかった。
「そうだ。私たち異形は、人間の血や精を力としている。睡眠もほとんど必要としないし、食事も本来は口にしない。つまり……人の生命力が、私にとっての食事であり睡眠なのだ」
「人が……ゴハン……」
「そう。このまま一緒にいれば、いずれ私はお前を食事にするかも知れないのだ。そんなお前と生を共にすることは難しい……すまない、リン」
言われたことが難しくて良くわからない。
けれど、このままじゃもう会ってくれなくなるのかもしれない。
それだけは、どんなことをしても嫌だった。
ゴハンが必要なら、自分がそうなれれば良い。
血の気は多いほうだし、痛いのは嫌だけど、シューランと一緒にいられるなら我慢する。
何でもする――――そう自分の中で答えが出るのは早かった。
「それでもいい。シューランといっしょにいられるなら、おれがゴハンになる。いのちと、シューランのこといがいだったら、おれがもってるものぜんぶ、シューランにあげるから」
「リン……」
「おれのもってるものなんて、ぜんぜんすくないけど。でも、それでもおれにとってはシューランがイチバンだから。いのちがひつようだっていうなら、あげるから。だからそれまでは、いっしょにいたいよ」
離れるなんて絶対に嫌だ。
傍にいてくれるなら自分は何だってする。
他にどう伝えたらいいのか分からなくて、ぽろぽろと涙が込み上げて来るけれど、男は泣くもんじゃないと必死に言い聞かせ、袖口で拭った。
「リン、瞼が腫れるから止めなさい」
「……っ、だってぇ……ひっく……っ」
どうしても嫌なんだもん、と駄々をこねると、涙を拭うようにそっと柔らかい唇が当てられた。
「シューラン……?」
「本当にお前は……困ったヤツだな。一度だって私の思う通りになどなってくれない」
ちゅっと軽く零れた雫を吸われ、優しく頭を撫でられる。
さっきまでの難しい雰囲気は何処かへと消え失せ、いつも以上に温かい空気を纏って頬に触れてくれた。
「分かった。それじゃあ約束をしよう」
「やくそく……?」
「あぁ。私は今から、お前の中にある私との記憶を消す。お前が大人になって、それでも私のことを思い出すことが出来たならば、私はお前の一番になろう」
「ホントウ!?」
「もちろん。ただし…」
「ただし?」
「お前が十七を迎える刻までだ。それを過ぎたら、私はお前に関する一切のことを忘れよう。それでもいいのか…?」
何で十七なんて中途半端なって言ったら怒られた。
僅かでもこの人と一緒にいられるのなら、何だってするし、出来るような気がした。
「わかった。『やくそく』するっ」
そうして俺は、約束をしたんだ。
――――この人と一緒に生きるために。
ようやく過去編が終わりとなります。
場面移動がわかりにくくて申し訳ないです。
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