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第一話

ふっと目が覚めると、頬に濡れたものを感じた。

指先で触れてみて自分が泣いていたことに気が付くと、手の甲でゴシゴシと拭う。


(またあの夢か…)


時折見る、切なくて悲しい夢。

大切な誰かと約束したはずなのに、どうしてもそれが思い出せない。

とても綺麗な人だったはずなのに、霞が掛かったようにその顔をハッキリと見ることが出来なかった。


同じ夢を何度も見るせいか、それが現実だったのか夢なのか判断がつかなくなっていく。

ガラスみたいに透明な銀の髪。

不思議な色をしたオッドアイの瞳。

触れた指先は作り物のように白く細長くて。

性別すらも判断出来ないような綺麗な人だったんだと印象だけはなんとなく覚えている。


「…俺、欲求不満なのかな」


自分の言葉にちょっぴり傷ついて、はぁ…とため息を一つ零すと顔を洗って学校に行くべくベットから抜け出した。



淡海(おうみ) (りん)16歳。


青春真っ只中の高校2年生。

俺には最近、悩みが2つほどある。


1つはさっきの夢の話。

『十七の刻を迎えたら…』って言葉。

あと半年ほどで17歳の誕生日を迎えるけれど、本当にこのままでいいのだろうかと思っている。

夢が夢のままじゃなかったら。

俺はきっと、後悔するような気がする。

あの夢のことがあったから、俺は今の高校に進学しようと思ったくらいだ。

勉強は苦手だけど、何か引っかかるコトがあったらそのままにしちゃいけないと思って。

ほとんど本能的なものだったんだけど…ね。

まぁそれはおいおい何とかするとして。


それよりも目下の悩みはマジで切実だ。

いい加減、どうにかしないと本気で俺は喰われる(・・・・)と思うんだ。

それって言うのが―――


「淡海、オハヨウ。今日も可愛いね」


って言ってるそばから来たよ…悪魔が。

登校中の凛に声を掛けたのは、どこからどう見ても爽やかそうな顔をした一人の男。

友達でもないのに馴れ馴れしく凛の肩を抱こうとしているコイツは鷹司(たかつかさ) (こう)

去年、超名門進学校・私立桜華学院に奇跡的に合格し、浮かれた気分で初登校した凛に一目惚れしたとかしないとかで、毎日言い寄ってきている。


しかし、鷹司は自他共に認める浮名流しの遊び人で、毎日違う男女(!)を連れているのだ。

この男は桜華学院ミスターNo2の人気者で、どこにいても目立って仕方がない。

何度経験しても慣れない、他生徒の好奇心の目。

凛は当たり前のように伸びてきた腕を邪険に振り払った。


「おはようございます、センパイ。でも何度も言いますが、俺は可愛くなんてないし、男が可愛いなんて言われても嬉しくありません。と、いうわけで失礼します」

「ツレナイなぁ。このオレが声を掛けて落ちない子なんていなかったのに。でも、ソコがまたイイんだよね」

「はぁ!?…ってうわぁっ」


そう言って今度は強引に凛の細い腰に腕を回して抱き寄せる。

グッと引き寄せられた凛はバランスを崩して鷹司の胸に飛び込む体勢になってしまった。

くんと鼻先を掠めるシトラスの香り。

爽やかな微香と意外にも逞しい胸板に驚きを覚えた。


(あぁもうっ!何なんだよ、この人はっっっ!!)


いくら男女共にモテまくろーがお綺麗な顔だろーが、男に興味なんかないっつの!

なのに動揺する自分が情けなく思えた。


「何すんですかっ!!離してくださいよっっ!!」

「えぇ~いいじゃん、もうちょっと」

「全然良くないです!!俺はまだ死にたくありませんっっ!!」


こんな道のど真ん中で男子高校生がくっついているのだ。

凛に周囲を喜ばせる趣味も(いろんな意味で)鷹司のファン(男女多数!!)に怨みを持たれるつもりも毛頭ない。

さっきからチクチクと好奇な視線が当たってかなりイタイ。

それなのにより抱きしめようと腕を回す鷹司に腹が立つ。


だぁーっ、もう知らねぇっ!!!


ぶちっとキレた凛は、先輩だからとお伺い立てることなく力いっぱいに突き飛ばし、悪魔の所業から逃れるべくダッシュで学校へと続く桜並木を走り抜けた。


「またやっちまった…。でもセンパイが悪いんだからしょーがないか」


校舎前まで駆け抜けて、ようやく一息吐く。

それよりもこの現状がどうにかならないかと思案するも、中々良い考えが浮かばない。

とりあえず最初の時に大したことはないと軽く考えて放っておいたのが失敗だった。

けれど今さら後悔しても仕方ない。

一つため息を零して、凛は教室へと向かった。



「凛!お前ついに王子(センパイ)とくっ付いたって本当か!?」

「してねーよバカ!!」


ガラリと教室のドアを開けると、開口一番に尋ねられた。

まだ10分しか経ってないのに何だよこの情報の速さは!

携帯という文明機器にちょっとだけ逆恨みをする。

登校中の生徒は他にもたくさんいたが、それにしたって自分が来るより情報の方が早いってのはどう考えてもオカシイ。

それだけ周囲に興味を持たれていることに未だ気づかない凛は、苛立たしさ全開で怒鳴り返していた。


「まじか~。あー良かった。まさか親友がついに王子に喰われちまったのかと本気で心配しちまったぜ」

「………。お前さ、いっぺん死んでみたいよね?」

「ぎゃーーーーーーっっっお願いやめてプリーズ!!!」


凛が触れて欲しくない話題にズカズカ遠慮なく聞いてくるこいつは悪友・九条(くじょう) 雅人(まさと)

きつめのヘッドロックを掛けてそのままブン投げてやりたいところだが、狭い教室の中なので首を絞めるだけにしてすぐに手を離した。


「で、本当のところはどうなのさ?」


見晴らしの良い窓際の自分の席に座るなり雅人が聞いてくる。

凛はカバンから教科書などを取り出し、机の中に入れながら適当に答えた。


「別に。たまたま登校中にエンカウントしちまっただけ~」

「エンカウンっ…ておまっ、みんなの王子サマ(・・・・)をモンスター扱いするか?フツー」

「うっせ。俺にとってはモンスターの方が断然可愛いっつの!」


毎度ほぼ日課のように狙われ襲われ口説かれる身にもなってみろ。

おまけに相手はあの鷹司。

いくらお綺麗であろーと全校生徒の憧れであろーと、相手は男。

しかも男女共に手を出しまくるプレイボーイなのだ。

そんなヤツからの言葉など信用性まるでナシ。

本気で相手にするほうがバカなのだ。

何を思って1年も構ってくるのか分からないが、からかうのもいい加減にして欲しかった。

他のことに(わずら)っている時間など、凛には無いのに。

(はぁ…。)

そのことを思うと自然とため息が零れる。

思い出したいのに思い出せないもどかしさ。

もう喉から出掛かっているのに、あと少し何かが足りない。

雲を(つか)もうとするみたいに手を伸ばしたらあっという間に逃げてしまう。


「くそ…っ」


本当にタダの夢だったのか?

同じ夢をたまたま何度も見ているだけなのか…。

タイムリミットが近づくにつれ、焦りにも似た苛立たしさが増していく。

元来物事はハッキリとさせないと気がすまない負けず嫌いな性格が、余計にそれを助長させていた。


「どしたー?最近、機嫌悪いじゃん」

「そうか?悪い…ちょっと、夢見が悪くて」


いくら親友とは言え、あの夢のことを話す気にはなれない。適当に誤魔化すと、雅人が意味深な笑みを浮かべた。


「ふっふーん、さては恋だな!?」

「はぁ?」


何故そうなるんだよ、この悪友バカ

嫌そうに眉をしかめるけれど、まったく気づかずに妄想に浸っている。


「あぁ~、みんなのアイドルがついに恋かぁ~。無駄にモテるくせに全然興味持たないんだもんな。そんな凛を射止めた相手はどんなヤツだ!?やっぱ凛に負けない美人かな。いやいや、勝気なこいつをメロメロに出来るなんてやっぱオトナの余裕がある綺麗系の年上だろっ」

「……突っ込みどころが満載過ぎてむしろ何も言えねぇよ」

「ん?その条件に当てはまるのって…やっぱ王子―――」

「なワケないだろッッッッ!!!」


めくるめく妄想のセカイ。

怖ろしや、他人の想像力。

勝手に妄想されるのも鳥肌が立つほど嫌だが言っても聞かないので、せめてそういう類のものは個人の頭の中だけで完結して欲しい。

いや、この場合バカな雅人だけか…と思い直した凛だったが、実は教室内の生徒たちはみなその話に興味深々だったりもする。


……言わないだけで。

そんな視線になど全く気づかない様子の凛は、肘を付いてぼんやりと窓の外を眺める。

窓から流れ込んでくる生暖かい風に吹かれながら、凛はこれからのことを(うれ)いた。


(早く…スッキリしたい)


淡海凛、16歳。

高校2年の夏はまだ始まったばかりだった。






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