第十八話
少しだけ残酷描写があります。
苦手な方はご注意願います。
それは突然のことだった。
新月の夜、星の瞬きが雲に隠れて、一瞬の闇が生まれた瞬間。
目の前の大切な存在が、あっという間に姿を変えた。
銀の美しい髪は漆黒に。
紅と碧の双眸は真紅に。
その姿は……いつか聞いた、魔女の力を受け継ぐ者と合致していた。
容貌を変えた妖は、真っ直ぐに己を見つめ、その手に持つ刃をこちらへと向けた。
「シュー……ラン…………?」
どうして、と続けようとした言葉は、音にならなかった。
恐怖よりも、悲しみよりも、何故という思いしかなかった。
不思議なほど落ち着いていて、純粋に、そう……ただ彼を信じているだけだった。
「何故なのだ……」
なぜ? それはおれが聞きたいよ、シューラン。
「何故、私を憎まない!? どうしてお前は……っ、私はお前を害そうとしているのに……! そのような瞳で私を見ないでくれ……っ!」
苦しそうに言葉を繋ぐシューランに、俺はただ、見つめることしか出来なかった。
俺を殺したいなら殺しても良いよ。
ゆっくりと、その思いが伝わるように笑った。
「私は異形だ。呪われし忌み子だ。魔女の血を受け継ぐ者なのだ。その強大な力の代償は、己の命。私に残された時間はあと10数年しかない。だけどお前を、お前の受け継ぐその血を……」
この身に宿すことが出来れば、と呟いた言葉は、風に攫われてすぐに消えていった。
「ねぇ、シューラン」
普段は大人で、自分をからかってばっかりで、だけど凄く優しいその存在に声を掛けた。
今にも泣き出しそうなほど不安定なこの人に、自分がしてあげられることなんてほとんどない。
だけどそれでも。
「おれのいのちがひつようなら、いくらでもあげるよ」
出来ることがあるのなら、おれはためらったりしないよ。
だから。
「だから、すきにしていいよ」
それだけ伝えると、そっと目を閉じて衝撃が訪れるのを待った。
出来ればあんまり痛くしないで欲しいな、と思ったけれど、それさえもシューランに任せようと思った。
しばらくじっとしていたけれど、一向に動く気配がない。
カラン、と何かが落ちる音がした。
不思議に思って目を開けると、刃から手を放し、呆然と立ち尽くす彼の姿が見えた。
「シューラン?」
どうしたの、と声を掛けて近づき、その手に触れると、冷たく震えているのに気が付いた。
「だいじょうぶ? さむいの?」
心配になって両手で手を包むと、あったかくなるようにぎゅっと握り締めた。
すると、突然シューランはもう片方の腕で自分を強く抱きしめてきた。
僅かに震えている身体。
少しでも震えが止まればいいなと思い、シューランの手を温めていた手を片方だけ外して、そっとその手に腕を回した。
小さな手では包みきれないほど大きな手のひら。
けれど優しくて温かいその手が、俺は大好きだった。
妖故に、温度を持たないと以前言っていた。
だけど自分にとっては、いつだって温かかった。
不安も、寂しさも、孤独も、すべてを包んでくれたその手を持つこの人が、自分にとって何よりも大切な存在だったから。
「おれは、シューランがだいすきだよ」
自分の命よりも、何かを優先しようとして悩むほど優しい人。
俺のことを考えてくれるのは嬉しいけれど、シューラン自身を失うほうが嫌だった。
死なないで。
俺に出来ることがあるのなら、シューランを失わないで済むのなら。
何だって、するよ。
「リン……私は、」
「だいじょうぶだから、ね?」
そういって、抱きしめられていた居心地の良い場所から手を放した。
地面に落ちたままの刃の柄を両手で掴み、シューランの力の源である桜の木の下へと進む。
「リン、お前何を」
「おれはこのきも、シューランのおやしきにいるひとたちも、だいすきなんだ。みんなだって、シューランのこと、ほんとはだいすきなんだよ」
だから悲しい顔をしないで。
本当は、寂しくなんてないんだよ。
「おれにはもう、だれもいないけど、シューランにはシューランのことがだいすきなひとたちが、いっぱいいるから。だから、だいじょうぶなんだよ」
俺がいなくなっても、独りじゃないよ。
「みんなを、だいじにしなくちゃだめだからね」
「リン! 何をしている……っ。私には、お前が」
だから、笑って?
「シューラン、だいすき。だから、またね」
また、何処かで出会えますように。
「リン!!」
――――そして俺は、その手にした刃を胸に突き立てた。