第十七話
「……マジですか。」
「うん、マジだねー」
「コレってなんか故意に仕掛けられてたりするんじゃないの……?」
「うん、そうだねー」
「あはは……やっぱり……ってアンタなっ!!」
参加者が全員集まり、残ったくじを引くと何故か鷹司先輩と同じ番号が。
この肝試しは二人一組でペアを組み、枷で互いの手首を繋いで、決められたルートを通って最後に外すというもの。
終点にその枷(まぁ普通に手錠だよね)を外す鍵があるらしい。
ただし、通るルートは番号によって若干違うらしく、もちろん鍵のある場所も違うので、ズルが出来ない仕組みになっているのだ。
普通は男女でペアになるはず、なんだけど……
「何で俺がアンタと一緒に回んなくちゃなんないんですかっっ!!」
「ホラ、だって僕たち仲良しだし?」
どこがだよっ!! と突っ込んでやりたいけどグッと我慢する。
ヘンに抵抗し過ぎて身に危険が及ぶのを回避するためだ。
そうこうしているうちに、手際良くカシャンと音を立てて互いの手首が繋がれる。
(ヤバイ……思ったより距離近すぎじゃねえか……っっ)
少しでもバランスを崩したら最後、ヤツの思うがままになりそうなほどの至近距離だった。
「はい、出来た。じゃあ行こうか~」
「わかっ……わかったから先に行くなっ」
グイと引っ張られて危うく転びそうになるけれど、何とか踏ん張って鷹司先輩の後に続いていく。
「さて、僕たちのルートにはナニが出るのかな?」
「ナニもどうも、アンタが自分で決めたんじゃないですか」
「ふふふっ、気になる?」
「……いいえ。もう何かイロイロ諦めました。どうせまだ何か企んでるんでしょ」
「企むなんて人聞きが悪いなぁ。僕たちのコースにはとびっきりのを用意してあるから。さ、早く行こう」
「ちょっ、だから引っ張るなぁあぁぁぁぁぁ!!」
人の気も知らないでズンズン進んでいく鷹司先輩。
俺は引きずられながらも、何とかその背について行くしかなかった。
辺りはもうすっかりと日も落ち、薄闇に包まれている。
それなりに少なくない人数が、この広大な校内のどこかにいると言うのにも関わらず、俺と鷹司先輩の二人以外、誰かいるという気配が全くなかった。
不気味すぎるくらい静かな道のりの中で、鷹司先輩は一言も発してこない。
その態度すらも何か意味があるんじゃないかと疑ってしまうのは、仕方が無いような気がした。
「センパイ……?」
訝しみながら、不意に立ち止まった鷹司先輩に声を掛ける。
一向に振り向かない先輩が向ける視線の先へと自分も向かうと、そこには満開に咲き誇ったあの桜の木があった。
「凄い……綺麗……」
真夏にも関わらず美しく華を開いているその光景は、表現しがたいほどに綺麗だった。
夜空に舞う星の煌きに照らされて、キラキラと輝いているようにも見える薄紅色の花びら。
前はよく昼間に来ていたけれど、夏休みに入ってからは一度も来ていなかったから知らなかった。
何時の間に、こんなに季節外れの華を咲かせていたのだろうか。
「この樹はね、特別なんだよ」
不意に、吐息を零すように鷹司先輩が口を開く。
さっきまで、何を言っても黙っていたのに。
一体何なのだろう。
不思議に思ってその顔を見上げると、その薄い色彩が、闇と混ざり合って濃い藍色のような瞳に見えた。
角度を変えると、青とも言えないような不思議な色。
その吸い込まれそうな神秘的な色に見とれていると、困ったように鷹司先輩が笑った。
「ねぇ、凛……」
「はい……」
「キミはどうして、僕の前に現れたりしたのかな」
「……?」
言っていることの意味が分からない。
どこか達観したような先輩の視線の先には、変わらずあり続ける大木の桜があった。
「キミが現れたりしなければ、僕は僕のままでいられたのにね」
「あの、それってどういう意味ですか」
さっきから、話している言葉に一貫性が無さ過ぎて分からない。
それでも先輩の中では統一されているのか、それには答えずに言葉を繋げていった。
「この樹はね、とある存在と共鳴しているんだ。そいつが人の生気を得ると、この華が満開に咲く。まるで、得た血を吸っているかのような色をしてね」
侮蔑するように軽く吐くと、そっと俺と繋がれた手を伸ばしてその樹に触れた。
「……っ!?」
すると、先ほどまで薄紅色だったその花びらたちが、あっという間に濃い紅色になっていく。
その光景に驚いていると、鷹司先輩はその手を放して俺の頬に触れた。
「僕が、怖い?」
この血の色をした花と同じように。
言外に言われたような気がした。
けれどその言葉に返すものを、俺は持ち合わせてなどいなかった。
「怖い、かどうかは分からない。でも……」
「でも?」
何て言ったらいいのか分からない。
何て言って欲しいのかも分からない。
だけど、今のこの人は、なんだか……
「なんだか、今のアンタは……寂しそうだ」
「!」
弾かれたような顔をした鷹司先輩を、初めてみたような気がした。
だけどその表情は、昔見たような気もした。
全然顔立ちは似てなんかいないのに。
何でだろう。
だけど確かに今のこの人は、どこか懐かしいほど不安定な雰囲気をしている。
あの人を求めて止まない、寂しがりの自分と同じように。
「アンタがどう思おうと、俺はこの樹が好きだよ。季節外れだろうと、変わった色をしていようと」
「……どうして?」
「だって、ここにいると暖かいから」
「…………っ」
「この樹も俺も、一緒なんだ。寂しくて、でも誰かに傍にいて欲しくて。だから、」
「だから?」
「俺がアンタの前に現れたのは偶然でも、この樹が傍にある限り、アンタとこの樹が繋がっている限り、きっと何度でもアンタと会うような気がするよ」
何故なら自分は、この樹に惹かれてこの学院にやってきたのだから。
「だから、」
こんなにも気になってしまうのかも知れない。
この人がどうして俺に構うのかは分からないけれど。
「知りたい……とは思うよ、アンタのこと」
知らないから気になってしまう。
見えないからもっと見たくなってしまう。
そうだ、きっとそんな簡単なことだったんだと今更ながらに思った。
考えすぎて見えなくなっていたことだけど、本当はもっと単純なことなんだ。
知りたい。
今はただ、それだけ。
「っ!」
不意に強く抱き寄せられ、きつく腕を回される。
突然のこと過ぎて戸惑っていたけれど、少し震えるその腕に気づいた俺は、自由なほうの腕をそっとその背に回した。
シャラン、と音を立てて、繋がったままの手が頬に寄せられる。
見上げると、酷く情けないほど不安そうな表情をした先輩の瞳とぶつかった。
「なんて顔してんですか」
困ったように微笑むと、一瞬の間の後、強く唇を奪われた。
「んっ、ふ…っ」
ちゅっ、くちゅっ、と重ねられると同時に、洩れ聞こえるその水音に羞恥心を煽られる。
かつてないほど荒々しく施される口付けに、流されるがままに飲み込まれていった。
「凛……り、ん…………リンっ!」
「あっ、はぁっ……、も、や、め……っ」
角度を変えて何度も深く重ねられる口付け。
酸素を求めて口を開けば、熱く濡れたものが差し込まれた。
「んぅ、く……ぁ、は……ぁっ」
歯列をなぞり、上顎を舐められ、口腔を犯すように丹念に搾り取られていく。
舌を絡め取られると、ジンと痺れるほどにきつく吸われた。
(何で……俺、キスしてんだろ……)
ボーッと痺れる頭のどこかで考えるけれど、強すぎる口づけに思考が上手く回らない。
与えられるままにその熱に翻弄されていった。
「リン……僕は……」
「……ぁっ、はぁ……」
なに、と続けようとした言葉は、吐息に攫われて音も無く消えていった。
白い雪。
薄紅色の花びら。
その先にいたのは…………
血に塗れた、あの人。