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第十五話


 鷹司センパイは、一体何を考えているんだろうか。

 ここ数日の俺の頭の中はそれだけが占めていた。


(あの人は、シューランの存在を知っている?)


 ありえない。

 だけど、あの物言いはどう考えても知っているような言い方だった。

 どうして?


「……だめだ、いくら考えてもわかんねぇや」


 ふぅ、とため息を零すけれど、気が付くとまた同じことを考えている自分がいた。

 鷹司センパイは、俺にどうして欲しいのだろうか。

 あの人を見ろって?

 ちらりと彼が座っているデスクの方を見やると、珍しく真面目に書類を片付けているようだった。

 隣には、冷ややかな表情をしたままの英センパイが何事かを言っている。


(また怒られてんのかな)


 まぁ、俺には関係ないんだけど…と一人ごちでいると、突然目の前にドンッ!! と大量の書類が置かれた。


「……っ!?」


 驚いて紙の山が降りてきた場所を見上げると、天使のような顔をした悪魔がにこやかに微笑んでいた。


(やべぇ、まずい……)


 焦って逃げようとしたが、時は既に遅し。


「凛ちゃぁあぁん? 随分と暇そうだね? 一応、くそ忙しい時期だと思ってるんだけどね、僕は?」

「あぁ~……、俺も、そう……だと思ってますよ、一応、ハイ」


 知らず敬語になってしまっているのはご愛嬌だ。

 思わず逃げ腰になる俺だが、当然そのまま逃がしてくれるような四柳院ではない。


「これ、よろしくねっ」


 語尾にハートマークでも付いていそうな物言いだが、目は全っ然、これっぽっちも笑ってなどいなかった。


「は~い……」


 これ以上仕事を増やされては堪るまいと大人しく頷いておく。


(どうしても終わらなかったら、あとで英センパイに手伝ってもらおう…) 


 ぽそりと心の中で零すと、自席に戻ろうとしていた四柳院が思い切り振り返った。

 びくっと反射的に肩を震わせてしまう自分を情けなく思うが、これ以上は本気で今日中に終わるような量じゃない。

 何か言うのかと身構えていると、そんな俺の様子に満足したのか、特に何も言わずにそのまま戻って行った。


「……頑張ろ」


 とりあえず今は悩んでいる時間がもったいない。

 目の前の殺人的量を片付けるべく、しぶしぶと書類に手を伸ばした。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「終わっ……たぁ~~っ」


 ぐてっと机に突っ伏すと、知らずに溜まっていた疲労が一気に身体に圧し掛かってきた。


「もうムリ、何も見たくねぇ……活字なんて嫌いだ……」


 勉強なんて得意ではない上に、読書なんてほとんどしない。

 そんな俺が毎日毎日書類と闘っていたのだ。

 想像以上に疲れたのは言うまでもない。

「もう何もしませーん」と宣言するようにだらーんと重力に身を任せていると、上から優しく髪を撫でられる感触がした。


「お疲れ、凛。良く頑張ったな」


 顔を上げる体力もろくに残っておらず、だらしない体勢のまま視線だけ見上げると、少しだけ疲労の色が見える英センパイが労いの言葉をくれた。


「ありがとうございます。英センパイも、お疲れ様でした」


 今日でやっと、全ての準備が終わったのだ。

 人一倍、いや、十倍以上働いている英センパイのほうがよっぽど大変だったというのに、下っ端小間使いでしかもあまり役に立ってない(ってか補習がわりにお邪魔させてもらっている身分の)俺にまで気遣いをしてくれるなんて、本当に良い人だ。

 金持ちセレブ嫌い(アレルギーと言ってもいい!)な俺だったが、ここ数週間で彼らと接しているうちに、先入観はいけないなと反省した。

 まぁ、相変わらず大っっ嫌いな部類の人間もいるにはいるのだが。

 けれど、この生徒会室の中にそんな愚者がいるはずも無いので、俺は快適な気分のまま仕事をすることが出来た。

 肉体的には疲労困憊(ひろうこんぱい)だけれど。


「叶芽、お茶」

「ボクはお茶じゃありませー…………ちょっと待っ! いったぁ~、ボクだって疲れてるのにぃぃぃ」


 文句を言おうとした四柳院は、それすら許されないうちに傍らのペットボトルを投げつけられている。

 いつも思うけれど、鷹司センパイの四柳院に対する扱いは非道だ。

 だけどなんだか微笑ましい(つか、とばっちりを受けたくない)から放っているけど。

 英センパイに頭を撫でられながらそんなことを考えていると、普段より幾分機嫌の悪そうな表情で残りの仕事を片付けている鷹司センパイの顔が目に入った。


「四柳院、俺がやるから良いよ」


 そう言って、疲れた身体を無理やり叩き起こす。

 英センパイがちょっと意外そうな顔をした後で、何やら意味深な笑みを浮かべていたけれど、ここは知らんぷりを決め込む。


(俺が一番下っ端だし、皆疲れてるし、もう自分のは終わったし、お茶ぐらい……って何言い訳してんだよ、俺は)


 げんなりと自分の心に理由付けをする己の思考が憎たらしい。

 もう少し、素直になれればいいのに。


(ムリだけど。)


 間髪入れずに突っ込みを入れる自分の言い訳癖は治りそうもないので諦めるとして、誰かに何か言われる前にそそくさと簡易キッチンへと向かう。

 いつも英センパイが煎れてくれるのを見ていたので、何処に何があるのかは分かっていた。

 ……美味しく煎れられるかは別として。


「うーん、こんなもんかな」


 濃い目に抽出した紅茶に氷を入れて、少し冷ましておく。

 そこへさらに、以前冷凍庫に入れて作っておいた蜂蜜色の氷をグラスに投下し、準備オッケー。

 最後に微量のトマトジュースを加えて完成だ。


「これの何処が美味いのか全っっっ然、理解出来ないけどな……」


 酸味と微かな甘みが紅茶の香りと混ざり合って、上品な旨みが生まれるらしい…。

 そんな高尚な趣味は俺にはないので、同じく冷やした紅茶に氷を追加してアイスティー、四柳院にはオレンジジュースをブレンドしてオレンジティー、そして英センパイはそのままのストレートティーを作った。

 余った分はパットに流し込んで冷凍庫で冷やしておく。

 こうすれば、後でお代わりを要求されても味が薄まらない氷(・・・・・・・)を作れるからだ。


「はい、お待たせしました~」


 トレイにグラスを持っていくと、英センパイがソファの傍のテーブルに置くように言う。

 俺は言われるままにいつもの配置にグラスを置いた。

 長方形の大きめのテーブルに英センパイ、鷹司センパイ、四柳院、俺の順にぐるっと時計周りになっている。

 ちなみに俺はいつも英センパイの隣なので、必然的に鷹司センパイとは対角線の位置にいることになる。


「ありがと、凛。けど、どーして僕の分だけじゃなのかな?」


 全員分を持ってきた俺に不服そうな顔をする鷹司センパイ。

 いや、単に手間じゃなかったから作っただけなんだけど……。


「ま、まぁ、いいじゃないですか。とりあえずこっちで休憩したらどうですか」


 めんどくせぇ~と思いつつ、ストレス度MAXになりつつある彼に喧嘩を売るのは得策ではないので止めておく。


(これ以上疲れることはしたくないんだっつーの…)


 はぁ、とため息を吐きつつ、定位置に座って汗をかき始めたグラスに口をつけた。

 英センパイ、四柳院も順に席に着くけれど、飲み物を所望した本人が未だデスクに噛り付いたままだ。


「鷹司センパイ、お茶……ぬるくなっちゃいますけど」

「…………凛」

「はい?」

「持ってきて」

「何で俺が……ってはいはい、持ってけばいーんでしょ、そっちまで」


 はぁ~~、とまたもやため息を吐きつつ、濡れたグラスの底をさっと拭いて持って行く。

 山積みになった書類まで濡れたら大惨事になること必須だ。

 俺だったらそんな危険な場所に水分を持ち込んだりなんか出来ない(一回零して全部やり直しになったことがあるからだけど。)


「はい、凛くん宅急便の配達ですよ~。配達料はアイス一個ね」

「ふうん? アイス一個でキミが僕に会いに来てくれるなら、毎日でも頼もうかな」

「はっ!? 何寝ぼけてんだよっ!? 配達範囲はこの生徒会室内のみなんでムリ!」

「なぁーんだ、残念。あっ、そうだ、凛」

「ん?」


 さっさと離れようとしていた俺は、不自然に名前を呼ばれたことに何の疑問も持たずに振り向いてしまった。


「っっ!?」

捺印(なついん)代わり、だよ」


 そうほざいたヤツが軽く触れた先は、俺の唇、だった。


「……ふっ」

「あれ、意外と怒ってない? じゃあもう一回…」

「ふざけんじゃねぇええええぇぇえぇぇえええぇええぇええ!!!」


 頬が羞恥に赤くなっていくのを隠すため、俺は全力でヤツにビンタを食らわしてやった。


(真面目に頑張ってるなんて褒めるんじゃなかったっ!)


 もう絶対に甘い顔はしてやるまいと心に誓うけれど、最近どうにも判断が甘い自分にはムリだろうな、とどこかで思う俺だった。




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