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サザンクロスの花束を  作者: かのえらな
プロローグ【重い思い出】
6/13

飲み会と元カノ

「かーくん?」


 手洗いに向かう廊下で角から自分を呼ぶ声。

体が急停止したのは自分の名前を呼ばれたからじゃない。夢にまで出た声色、

呼ばれなくても聞けば勝手に足が止まってしまう。


「る、瑠璃音ちゃん・・・」


 声の方を向くと真横の廊下から歩いてくる七瀬瑠璃音の姿。


 ミルキーブロンドの髪を歩くたびにふわっとふくまらせながら歩み寄ってくる姿は

まさに天使の姿に他ならなかった。

その証拠に白のTシャツがよく似合い、

空色のオーバーオールと繋ぎのショートパンツからすらっと伸びた太ももがなまめかしい。

 黒のハーフブーツがその天使姿を地に足の付けた現実の女性へと分からせてくれる程

現実離れした可愛らしさ。


「びっくりしたぁ。ちょうどお手洗い行こうと思ったらかーくんの姿が見えたから走っちゃった。

あ、ちょっと肩貸して?」


 返事をもらう間もなく石のように固まってしまった肩に瑠璃音はためらいもなくもたれかかるように手を乗せ、片足立ちになりブーツのかかとを直し始める。


「えっ!ちょっと!」


 腕ごともたれかかるような体勢になり、

オーバーオールのサスペンダーからこぼれたやわらかい弾力が腕全体を包むような感触に襲われ、

今まで何度も目のやり場に困った大きなそれが五感と股間を強襲する。


 付き合ってた頃は向こうからボディタッチなんてしてくれたことなんてなかった。

それどころかデート中に手を握っても握り返してくれたこともなかった。

 勇気をもってホテルに誘うような行動をとっても

見透かされたように終電の4つ前くらいに帰られてしまった。

 家に呼んだこともあったが当日にキャンセルされてしまっていた。


そんな彼女が今真横でほぼ半身が密着している状態。正直何が何だかわからない。


「どうしてここに?」


「どうしてってここ居酒屋だよ?私だって飲むことあるよぉ。偶然って重なるものなんだね。

1日に2回も会うなんて。」


 靴を履きなおした瑠璃音はそのまま上目遣いでこちらの表情を探るように見つめてきた


「でもよかったぁ元気そうで。食欲ないみたいって友達から話聞いて心配してたんだよぉ?」


「そ、そうなんだ・・・あはは」


 自分に友達はとても少ない。どこから聞いたのだろうか。

いや、それよりももっと他に聞きたいことがあるはずだ


「あのさ。一つ聞いていいかな」


 ぼやくように振り絞った一言。瑠璃音は表情一つ崩さず続きを待つ。


「何が悪かったのかな・・・」


「・・・」


 主語もない質問に瑠璃音は眉を高く上げ不思議そうに首をかしげ

そのあどけない表情でこちらを見つめられてしまい、

今の自分には直視することができず思わずうつむいてしまった。


「俺、まだ瑠璃音ちゃんと別れたのちゃんと受け止められてないんだ。本当に好きなんだ。

別れた前の日だって一緒に買い物行ったりしてたしその日の夜だって電話もしたし

大学でも今までみたいに話しかけてくれてるし。

こうして普通に話しかけてくれる今だって。本当は本当は別れてないんじゃないかって思うほど君のことが―――」


「わかれたよ」


 心が溢れ漏れるまえに瑠璃音に静止させられる。


 その声色はさっきまでの甘ったるい声ではない。別れ話を切り出されたあの日と同じ冷たい鉱石のような無機質な色のない声だった。


「ちゃんと別れ話として終わったよね。私たち。大学で話すのは友人関係とか共通の友達もいるから

全く話さないはさすがに周りに気を遣わせるし。

樺月くんって優しく言っても分からないところあるしさ。だからわかるように話しかけないでって言ったんだけど。会うたび私のこと見てくるし

友達にだって見られてるよって言われたらほおっておけないじゃん。」


 さっきまでの天使のような彼女の姿はそこになく

壁にもたれかかってケータイ画面の反射で前髪を直しながら独り言のように言葉を連ねている

氷の女王ような姿だ

凍り付くような冷たい言葉ばかりだったがそれでも怯み終わるけにはいかなかった。


「ごめん。なにが悪かったか知りたいだけなんだ。」


 何に謝ってるかわからないのに振り絞った言葉が謝罪だなんてなんてみじめなのだと悔しさで涙がでそうだ。


「だからさぁ、他にに好きな男できたって言ってんじゃん。」


 片腕でおなかを抱きながらもう片方を肘で抑えだるそうにケータイを操作し始める。

 

「でも。それって俺に悪いところがあって、魔が差してほかの人にタイミングよく気が合ってってことでしょ?それなら直さなきゃいけないとこもあ―――」

「瑠璃ぃー!!」


 背後から瑠璃音を呼ぶ声、振り返れば瑠璃音とよく一緒にいる同級生の女子大学生の姿。

廊下の遠くのほうから半身だけ部屋から身を投げてこちらを呼んでいた。


「ごめんいまいくぅ」


 先程までの冷たい悪魔のような彼女の姿はなかった。

消えた電球に光がパッとついたかのように一瞬にして切り替わり、

普段見てきたようなふわふわな愛玩動物のような彼女の姿にまた驚いた。


「と、友達と来てたんだ・・・」


「そうだよぉここ安いし。女4人で女子会ぃ」


女子だけで来てると聞いてなんだかホッとしてしまった自分に腹立つ


「かーくんはぁ?」


「俺は・・・友達のサークルの付き合いで・・・」


「そうなんだぁ。今度私にも紹介してねぇ、じゃあ行くねばいばい」


そういって甘い香水の匂いとももに彼女は去っていた


「まあたナンパされたんかーこの牛ちち娘がぁ」


「ちょっとぉやめてよぉ」


彼女の声が個室に消えるまで足を動かすことはできずにいた。



「魔が差して他の男ってなんだよ・・・馬鹿か俺は・・・」




■■■■■



 その後のことはほとんど覚えていない。

体が抜け殻のように何も話に入ってこなかった。


 周りに変な心配させまいと話に混ざってはみるが

ゼンマイ式のおもちゃのように勢いがあるのは始めだけ。

すぐに会話の勢いが失速し、やがて相槌だけになり、最後は黙ったままぼーっと呆けてしまう。


 場を悪くしないようにと、また我に返りの繰り返し

結局最後まで気持ちの整理もつかないまま飲み会は終わりを迎え

何にも身に入らないまま店の外を出ことになった。


「おいおい!どうしたんだよ!。大丈夫か?」


店の外に出て早々蒼汰が肩を組んできながら集団の外に強引に連れ出す。


「なんだよ酔っ払い。介抱はせんぞ」


「介抱が必要なのはお前だろ!どうした今日のテンションは!」


 酒臭い蒼汰に顔を背けながら厄介払いをするが。泥酔しながらも心配してくる蒼汰はやはりいいやつだと思った。


「ちょっと酔っぱらってるだけだ。すまないが家に帰りたい。」


お酒で上機嫌の蒼汰だったが気兼ねしている自分を見かねたのだろう。



「まじか!俺たちは彩芽さんたちと二次会に行くぞ行けそうか?」


「二次会はしなかったんじゃなかったのか。」


「それがよぉあのクールビューティの彩芽さん。結構押しに弱いのか結構言ったら

みんな行くならって。でもお前が体調不良なら一人にさせらんないし今日は解散にしよう―――」


「俺のことはいいからみんなで行ってきなよ、俺は一人で帰れるし、

これ以上みんなに迷惑帰らんねーし。せっかくのチャンスものにしてこい!」



 組んできた腕をスッと振りほどき、代わりに店前で談笑するグループにめがけて背中を叩いた。


今日はたぶん何もうまくいかない。ネガティブを振り切って世界の終焉みたいな感情に飲まれ

変な笑いさえ起きてしまいそうだ。

だからせめて目の前で幸せを掴めそうなやつくらい笑って送り出してやるべきだ。


「柴崎くんだっけ、大丈夫?酔っちゃった?」


男二人のやり取りに気を使ってか、ひと段落した様子をみて柴彩芽がこめかみをこちらに見せるように訪ねてきた。


夜の街に溶ける褐色肌と黒髪に繁華街の光を受けて鋭く光る瞳は風雅すら漂わせる。


「やーぜんぜん大丈夫!。俺お酒弱いんすよね!

でも今日は大事をとって先にかえろっかな!。カラオケで吐いたら大変だし!」


「そっか、柴崎君って私と紫つながりじゃん?席遠かったからなかなか話せなかったからいい機会だと思ったんだけど。・・・一人で帰れそう?」


まるで女の子を扱うような優しい口調でこちらの表情をうかがってくる

端正な顔立ちをしているが美男子にも見えるほど凛々しい



「え、あ、うち大学のすぐ横でから全然大丈夫、それじゃあこれで!」


 みんなに軽く頭をさげて繁華街を足早に去る。

これ以上心配されてしまうと自分の恥ずかしさに涙すら出てしまいそうだったからだ。


「最低だな俺・・・」


 蒼汰が励まし?の飲み会を用意してくれてあんなにかわいい子たちで

皆性格も良さそうないい子たちばかりなのに自分は元カノ引きずってまともに会話もできなくて

蒼汰たちのフォローもで出来ず、ノリの悪い帰り方して。

未練たらたらなのも、情けない。本当に気持ち悪い。


 お酒のせいか精神的なものか

ここ最近まともにご飯もてべてなかったところに揚げ物とかいれたせいか

とうとう体調にも気持ち悪さが表れ

繁華街はずれの電柱に額を預けた。

遠くでにぎわう声や店の騒音ですらこのどろどろにねばりつく雑念は消えそうになかった。


 冷たい石の感覚が額に伝わる。街灯の灯りさえ今の自分には鬱陶しかった。

街灯を照らす自分の落とす影の後ろにピタッと止まる人影を両足の隙間から見つける


 酔っ払いかと思われて親切な通行人でもきたか

それとも野次馬か、どうでもいい。

見たければ勝手に見て笑うなり、明日の励みにするなり好きにすればいい。

だからどうか構わないで欲しい。


「大丈夫?」


「放っといて大丈夫です。ちょっと飲みすぎちゃってて家もすぐなんで。」


声色から女性なのはすぐ分かったが繁華街の喧騒によく聞こえない。


「ずっと辛そうにしていたけど無理しないほうがいいわ

吐けるときは吐いたほうがいいと思うから。」


 どこかで聞いた声に驚き跳ねるように振り向く。


「旭川!・・・さん?」


 そこには先ほどの服装と同じ白の半袖のコールドショルダーに紺のプリーツスカートに身を包み

街灯に群がる羽虫片手で払いながら小さなバックを盾に目を細くする旭川奈桜の姿があった。






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