虎のち猫
「なあ黒子よ」
「どうした大根役者さん」
「なーんで俺達二人で雑貨屋で買い物してるんだ?」
都内の大型商業施設の雑貨屋に樺月と蒼汰の姿はあった。
地下を含め全11階と都内では有数の大型施設
店内にはたくさんの人、特にカップルが行き交い賑わいを見せる
「お!これなんていいじゃん!ゲームキャラのTシャツ!」
普段なら 「おお!いいじゃん!」 と乗ってくる三嶌だがどうやら今日はそれどころじゃないらしい
「広瀬さんとデートのはずが・・・2時間も服選びに時間かけてきたんだぜ・・・」
力なく抱き上げるペンギンの大きなぬいぐるみ。明らかに覇気がない。
そしてぬいぐるみも全く似合ってない。
広瀬はこの商業施設に入る2時間ほど前にから「ちょっと行かなきゃいけないところあって」と言い残し別行動をしていたのだ。あって早々男2人で過ごす休日に三島はどうやら不服のようだった。
「二人ともお待たせ!」
本来の目的を忘れゲームコラボカフェを満喫しはじめた二人にようやく広瀬が帰ってきた。
「待ったよ広瀬さーん!。俺てっきり捨てられちゃったのかと―――」
水を得た魚のように息を吹き返す蒼汰
「捨てられる前に拾われてない―――」
振り返り固まる蒼汰にツッコミを入れていたがそれはあまりにも無粋だった。正確には蒼汰に無粋なわけではない。
広瀬の雰囲気が午前中に見たものと違っていた。それは言葉に詰まるほど激しい変化で
ストレートからショートボブに変わっただけなのだがあれだけ長く大人っぽい女性を演出していた長髪がこうも劇的に変わると驚きのあまり声が出ない、横髪を編み込みカチューシャのように見立て
耳も見せることで顔全体がより小さく見えた。
「どう・・・かな・・・」
固まったしまった二人に白い歯を見せはにかんだ。
告白現場を見てしまってから絡むようになって日は浅いが彼女は活発な子だ
そんなアクティブな彼女によく似合う髪型と恥ずかし気な笑顔に少し胸が熱くなった
「めちゃくちゃ可愛いですよ!広瀬さん!もう天使です!」
立ち上がって腹前で大げさに拍手をする蒼汰
普段間違ったことばかり言ってツッコミをやらされるのがお決まりだがこの時ばかりは
心の声がをそのまま代弁されたようで声が出なかった。
「えへへ、初めて切っちゃった。こんなバッサリ」
耳の後ろにかかった髪を人差し指でねじりながら顔を赤らめ落ち着かない様子の千柑
ミスキャンパスと評され、引く手あまたの彼女でもこんなに恥ずかしがるものなんだと思った。
「あ、あんたもなんか言いいなさいよ。」
顔を背けながらも視線でこちら威圧する
「・・・いいと思う。でもよかったの?」
夜な夜な送られてくるラインで聞いてもないのに聞かされていた
≪好きな人は長い髪が好きでわたしも伸ばしている≫の文末を思い出した。
「いいの、私が好きな髪型で好きな人に振り向いて努力するべきだって気づいたから。
人に好かれようとしてばかりで自分を見失っていたわ。まずは好きな自分になるべきよね」
彼女は自らの口から出た励みを逃がさないように胸前小さな手を握り占める。
「え、好きな人・・・?」
キョトンとする蒼汰。まずいと目をかっぴらく千柑
彼女の恋愛話の一切を蒼汰にはしていない
加えてその失恋話は他言禁止。千柑は自らで決めておきながらタブーを犯してしまい慌てながらも体裁を見繕う。
「あ、や!これから好きな人出来るかもしれないって話だから!。」
慌ててフォローを入れたが間に合うだろうか
「あ、あぁぁ。そういう事ね。おっけ、完全に理解したわ。なんだよ俺の為にわざわざ・・・
それなら1時間でも2時間でも待っちゃう待っちゃう!」
間に合いました。小言で世迷言を吐き散らしながら黒豆みたいなあほ面から急に小女誌の王子様役のような余裕にあふれた顔になるキノコ。
「2人とも待たせてごめんね。あんまり1人で歩いたり、お店に入ったりするの慣れてなくて時間かかっちゃった。なにか奢るから許して!」
千柑は両手の平を合わせて片目をつぶり許しを請う。
短くなった横髪が小さく揺れ苦笑する表情すら麗らかに心を和ませた。
『1人でお店に入らないっていうのは。やはり友達が多いのだろう。それか前にいた彼氏とかフリーだった時がないってことか』
勝手に頭の中で詮索するが惜しげもなく笑顔を向ける彼女のみるとどうでもよくなっていった。
それからはただただ楽しかった。
買い物をすると行って回ったデパートでは特に何を買うでもなく似合わない帽子を見つけては被り
笑わせあい。
入ったことのないレストランで千柑が奢るといったがファミレスで食べる金額の倍はするメニューを見て青冷めた男2人が断固として自腹を切ると千柑相手にむきになったり。
蒼汰が得意だからと言って入ったゲームセンターでは何にも取れず
万札を二回目の両替機に入れようとしたときには二人でとめにかかった。
普段入りなれない雑貨屋で好きなゲームキャラの人形があって驚いたが、
それを知っている千柑にもっと驚いた。
時間はあっという間に流れ
気が付けば服やら何やらで荷物も全員増えていた。
「そういや俺たちなんでここに集まったんだっけ?」
店を出て駅に向かう道中、蒼汰はわらいながらため息交じりに言った。
すでに日は沈み立ち並ぶ高層ビルに長い影を作っていた。
「そりゃ全員自分磨きの為に集まった同志でしょ!そのために服も買ったし。おいしいものもいっぱい食べたし!」
おなかをぽんぽんと叩いておちゃらけてみせる千柑。だが服の上から叩いたせいでその腹回りの引き締まりがより如実に見える。ビルの間から覗く夕日を味方に煌めく彼女の髪は思わず足をとめそうになるほどに綺麗だった。
「なんだかんだ蒼汰と買い物らしい買い物も初めてだ、俺も服とかネットで買っちゃうし。こういう人混み慣れてないし。」
「樺月は引きこもってばっかだからなあ。そんなんだから瑠璃音ちゃんにふ・・・」
蒼汰は手荷物ごと頭の後ろに手を回そうとしたがその腕はピタッと止まる。
「す、すまん樺月。また掘り返りて」
「別に気にしないよ。それに今日は随分といい気分転換になった。」
3人は駅で解散の運びとなった。特に何時までと話をしていたわけではないが蒼汰は夜居酒屋のバイトがあるらしく自然と解散の空気になっていた。
「んじゃ俺はこれから今日使った分稼いできますよ。社会の歯車回してきますよ。」
「ほとんどゲーセンで使った金じゃないか・・・まあまた来週大学で」
千柑も笑顔で手を振り蒼汰を改札口で見送った。
『あいつ最初デートだとか言ってたの完全に目的忘れてるな』
千柑と自分を残し帰る蒼汰の背を見て思った。
「さて俺達も帰るか」
「・・・あんた、なんか目的忘れてない?」
「そうなんだよ、蒼汰のやつ浮かれちゃってさ・・・え?おれ?」
慌てて彼女の方を見ると千柑は手荷物をロッカーに強引に押し込み手ぶらで第2回戦の準備といわんばかりに肩を回して軽快に小さく二回ジャンプして見せた。
「そうじゃなくて。今日あんたを呼んだ意味よ、この先行きたいところがあるの。しっかり仕事はしてもらうわ!」
そういえば自分が今日千柑に呼ばれていた理由を聞くのを完全に忘れていた。
「あ、俺もバイトが・・・」
嫌な予感がした。今日は1日動き回って正直疲れていたし、千柑の準備を見るに体力を使う何かが始める気がしてならなかった。
「最初に連絡先を聞いた時バイトしてないって来たわよ。また私に嘘をつくつもり?
覗き魔って大学でいいふらしても言い訳?」
先手を取られていた。最初にラインを交換したときに自分のこといろいろ聞かれ
だらだらと個人情報教えたのが良くなかった。
『自分が人の恋路を目撃したのが悪かったと言え、そんな言いふらしをされたら学生生活どころか
社会的に破滅してしまう・・・なんて悪魔のような女だ。』
両手の甲を腰にあて得意げな顔をする。
「残業代くらいは出るんだろうな・・・」
「そこは歩合制よ!」
「と、とんだブラックに足を踏み入れちまった・・・」
2人は日が沈み電飾の灯りが付き始めた街を背に駅へと入って行くのであった。