第一話《出会い》
「もう何十年も昔のこと…この街で1番の学者があるモノを見つけちまったのさ。それはそれはとても恐ろしいモノでなぁ。だが学者はそれを暴いちまった。そしたら辺りに霧が立ち込めて、人ならざるモノが現れた!暴かれて目覚めた人ならざるモノらは今も居場所を求めこの街をさまよっているのさ!」
「なぁ婆さん…その話何回目だよ。」
行きつけの店の店主の婆さんは、会う度に同じ話をしているのを見かける。それは俺がこの店に来る時間がいつも同じ時間帯なので毎回準備して話しているのかもしれない。
「細かいことは気にしなくていいんだよクー坊!誰かがこの話を語っていかなくちゃ誰もあの化け物どもが居る理由が分からなくなるってもんだよ!」
「あぁ…そう…っていうかクー坊って呼ぶのやめてくれよ!俺はクローチェ!クローチェ:ディスグア!せめてクローチェって呼んでくれよ!」
この店は俺が生まれた時からあって、この店の店主の婆さんも俺を小さい頃から知っているらしい。だからかクー坊という幼少期の呼び方を辞めてくれない。
「まぁまぁ、未来ある若き天才魔術師様はこんなことで怒ってないで仕事しな」
「うるせぇ、天才をつけるのやめろ。軍はすぐ抜けたんだ。」
2年ほど前、俺は魔術師が集まる軍隊へ所属していた。まぁ入隊して1年ほどで抜けたわけだが。そこでの戦闘訓練で歴代の最高得点を更新して周りから『天才』と言われた。
「クー坊、アンタはアタシにしかそんな調子でしか話せないんだから軍を辞める羽目になってフリーになるんだよ。ちょっとは陰鬱な性格直しな!」
「うるせぇ!この性格はもうどうにもなんねぇんだよ。自分でも諦めてる。…まぁいつものをちょっと多めで。」
「はいよ。代金は500ニルだよ。」
あらかじめ用意していた金を出して、店を出る。
「んじゃ、じゃあな。」
そしてそのまま帰路へ着く。段々日が沈んできて、相変わらず小汚い路地裏でも、星が綺麗に見える時間帯がやってきた。この街で生まれ育ってきて、この星空も見慣れた光景だが未だに綺麗だと思える。そんな魔力でもこの空にはあるのだろうか。そう考えながら歩いているうちに家へ着いた。
「は〜、ただいまっと…」
誰も居ない部屋に、虚しく俺の声だけが響く。
はぁ… とため息をつきながらも、夕食を食べ、風呂に入り、歯を磨いて寝た。
明日は特にすることがないからゆっくり休めるな。と思いながら目を瞑ると疲れが溜まっていたのかすぐ熟睡できた。
ー次の日の朝ー
「ふわぁ…あぁ、ゆっくり寝ようと思ったのにいつもと同じ時間に起きちまった…」
カーテンの隙間から差し込む朝日は寝起きの人間からしたらかなり眩しい。ベッドから体を起こし、作り置きの飯を温めて食べる。
「…はぁ……この性格を直せかぁ…無理だよ…」
昨日の婆さんからの言葉を引き摺りながら朝食を食べる。そして次の日になってるのに引き摺ってる時点で直せないなぁと思ってまた気持ちを落ち込ませる。
「…負の連鎖……はぁ…」
ため息の数が最近多くなってきた気がする。カーテンの隙間から差し込む朝日を見ながら、自分とは対照的だな。とおもいながらまたため息をつく。
「……気分転換でもするか。と言っても何をするか…」
脳内で気分転換になるようなものを考える。
どこかへ遊びに行く。人混み苦手だから気分転換になるか分からない。寝る。どうせ後から時間を無駄にしたと後悔をする。運動。久々の休みだから派手に動きたくはない。外食。マナーとかよく分からないから恥をかきたくない。
「となると…いつもの場所行くか。」
朝食を食べ、歯を磨く。そして顔を洗う。鏡で自分の顔を見ると、心なしか疲れが取れてるような感じがする。
布団を片付け、普段から仕事以外で外に出る時はよく着る服装をして外に出る。
「…今日は天気が良いな。」
日の光が眩しく、少し足取りが重くなる。あまり天気のいい日は好きではない。だが迷いなく足を進める。
いつもの場所、それは魔術師業を本格的に始めた時から通わせてもらっているカフェである。
種類はよく分からない木だが、綺麗な並木道を通り十字路に行く。そこを左に曲がり、そこから進んで3番目の角を曲がる。そうすると『ジェ・ラーレ』という看板が見える。そこが目的のカフェであった。
「いらっしゃいませ。おや、チーラル様。いや、今はクローチェ様でしたか。お久しぶりですね。」
「…あぁ、久しぶりマスター。今もチーラルってはたまに名乗ってるよ。所詮仕事用の偽名の1つだから。」
カウンターの椅子に座り、椅子の背に黒いコートをかける。
「そうでしたか。ご注文は?」
「コーヒーをブラックで。」
「かしこまりました。」
魔術師はあまり本名を仕事で使わない。それは、知能を持った幽霊や化け物、それらによる黒魔術には真名が必要になるからだ。仕事時に知られるというリスクを避ける為に何個か偽名を持っている。チーラルは、俺が初めて名乗った偽名だ。そう、この店のマスターは俺の初めての依頼人であった。
「お待たせしました。ブラックコーヒーです。そして、こちら今日の本です。」
「ありがとう。…星と封印…?作者は…不明…?」
「その本はとても希少な本なのです。それはこの街に人ならざるモノが現れた年に出版されて、すぐ消えた本なのです。」
この店では、何かを頼むとついでに本もついてくる。気に入ったら買うこともできる。今回の本は、出版されてすぐ絶版になった本だという。作者は誰にも分からず、人ならざるモノが書いたのではという噂もある本らしい。
「…マスター、悪いが本を替えて貰うことはできるかな……本当に悪い、なんか嫌な感じがするんだ…」
「おや、そうですか。では、こちらの本に致しましょうか。」
そう言って差し出してきたのは、前に来た時の読んだ本の続編であった。様々な事情を抱える人達が探偵事務所に訪れ、解決してもらう。よくある推理小説であるが、何故か見入ってしまう魅力がある。
「…ありがとう。本当にすまないね。折角選んでもらった本なのに…」
「いえ、人に合う合わないはありますから。それにしても、昔からその陰鬱さは変わりませんね。悪口ではありませんよ?」
「はは…こればっかりはね……」
そしてマスターは仕事へ戻り、俺はコーヒーを飲みながら読書を楽しんだ。
どのくらい時間が経ったのだろうか。すっかり読み耽っていた。柱にかかっている時計を見ると11時50分頃でもうすぐ昼食の時間だった。
丁度いいし、この店で昼食を済ませるか。
「チーラル様、そろそろ昼食の時間ですがこの店で済ませますか?」
「お願いするよ。えっと…Aセットで。あ、さっきから注文が多くてすまないんだが、本は大丈夫。」
「かしこまりました。」
仕事をしていて声をかけにくかったが、マスターの方から声をかけてくれて助かった。入店した時には俺を除いて5人くらい居たと思うが、今は2人しか居ない。居ない人達はきっとほかの店に昼食を食べに行ったんだろう。
待つこと数十分、Aセットがきた。
「お待たせ致しました。Aセットでございます。」
「ありがとう。」
Aセットは、サンドイッチ2個とスープという簡素な内容だが一つ一つの味に磨きがかかっていてとても美味い。毎回昼前にここに来ると必ず頼むと言っていい程にはAセットは美味い。
「…なぁマスター。」
「どうしましたか?今日はいつもより喋りますね。」
「…昨日性格直せって言われたからさ……俺なりに頑張ってるのさ。」
ふふ、そうですか。と微笑しながらコップを洗っている。
「いや、なんでもないや。すまないマスター、邪魔しちゃって……」
「邪魔なんて、とんでもございません。私は貴方様にはこの老体を持って尽くしても返しきれない恩がございますから。」
それは言い過ぎだよ。と言おうとしたが言葉が詰まる。マスターの顔を見ると悲しそうで、あまり話題にしない方が良さそうな感じがしたからだ。
サンドイッチに手を伸ばし、口に運ぶ。そしてスープを飲む。それを繰り返し最後にブラックコーヒーを飲む。これがAセットを頼む時のルーティーン的なものである。
「それじゃ、マスターご馳走様。美味しかったよ。」
代金を財布から取り出し、カウンターに置く。
「いつものようにお釣りはでませんね。それでは、またの来店をお待ちしております。」
椅子の背にかけたコートを手に取り、店から出ていく。外はまだ日差しが強く、日の光が俺を溶かすような勢いで降り注ぐ。
「…本当に天気いいな……はぁ…なんか自分が醜い存在に思えてくる…」
陽の光を浴びて陰鬱な気分になったところで何をしようか。時間はまだある。と言っても特にすることがなく日陰を選びながらブラブラ歩いていると、市場まで来ていた。それから買う物も無いので歩いていると、ある露店でなにやら騒ぎが起きていた。