第32章──絆Ⅰ
絆
Ⅰ
「ねぇ、いし…まさかさぁ、矢羽走彦と浩子が人間界で親子だったとはねぇ…」錫はベッドの上で胡坐を組み、ぼんやり宙を見つめて言った。
「親子の絆というのはとてつもなく強いものなのですね…。わたくしには親がいないので分かりませんが…」
「…種女は盲目だったから、父親としては特に気がかりだったんだろうね…」
「浩子殿は大丈夫でしょうか?」
「あの子はおとなしいけど芯の強い子よ。必ず自分の中で解決して元気になるわ」
そんな話をしていると、錫の携帯電話が鳴った。相手は大鳥舞子だった。
「最短でいつ会えるかって?…う~ん…今!きゃは…え~っ、いいの?──じゃ、ホントに今から行っちゃうわね!」錫は笑いながら電話を切った。
「というわけだ、いし。急いで支度して行くわよ!」
「はいです!ご主人様、のんびりできませんね」労わりつつも、主人が元気でいてくれることを嬉しく思ういしだった。
急ぎ大鳥舞子に会いに行くと、彼女は手ぐすねを引いて錫を待ち構えていた。
「錫さん、何から聞けばいいかしら…」舞子は錫の手をしっかりと握った。「ねぇ…大変な目に遭ってたでしょう?命にかかわるような…」
「どうして分かるの?」錫は思わず舞子の手を強く握り返した。
「ずっと感じていたの…あなたの危機を…」
「お姉ちゃんは錫さんが危険な目に遭っているからって、ずっと祈り続けていたんです」
「ありがとう舞子さん…。実はね──」
錫は真堕羅での出来事を一部始終話して聞かせた──。
「この話──錫さんじゃなくて他の誰かから聞いてたら絶対ウソだと思っちゃうわ…」舞子が〝ぼそっ〟と呟いた。
「私もよ……錫さんの話だからマジメに聞いてるけど…」葉子も相槌を打った。
「無理もないよ──体験してきた私でさえ信じられないもの…きゃははは。でも舞子さんの祈りのおかげでこうして戻って来れたんだわ」
「う~ん……錫さんの話を聞く限り、私の祈りの力なんかどっこにも無いわ…かっかっか」舞子は屈託なく大声で笑った。
「でも助かったのよ。危険を何度も回避できたわ!」
「そうよ、それこそがお姉ちゃんの祈りの賜じゃない?」
「ないないっ!」舞子のその一言でこの話はピリオドを打った。「さてっと。ところで…錫さん一つお願いがあるの…」
「なに?…今度は改まって…」
「あなたの過去を覗いてみたいのよ」
「わ、私の?──でも真堕羅のオロチの目玉はここには無いよ」
「そんなもの無くても私は前世を垣間見る力があるの…フフッ…」
「…ホントに!?」
「眉唾物だと思ってる?…ホントよ!──私…目は見えないけど違うものは見えちゃう変わり者だからね」
「うん…確かに!」
「頷かないでよ!」
三人は大笑いした。
その後──部屋を薄暗くすると、舞子は精神を集中させて錫の魂に呼びかけた。といっても重い雰囲気ではない。二人は普通に会話をしているだけだった。
「ごめんね…あなたの過去にどかどかと踏み込んで」
「気にしてないよ。でもどうして私の過去を覗きたくなったの?」
「さっきも話したけど、あなたの危険が私に響いてきたからよ…。これほどまで強く感じたのは初めてだったから、きっと何かあると思って…」
「私と一緒ね…。私も気になりだしたら解決するまでそのことが頭から離れないタイプだもん」錫がクスクス笑っていると、舞子は小さく息を吐いてこう言った。
「やっぱり…。思ったとおりだったわ…」
「えっ!?もう分かったの…私の過去が…」
「覗いただけだからね。──知りたい?」
「知りた………………う~ん……やっぱりやめておく…」
「そう…分かった。じゃ、このことは私の胸に仕舞っておくわね」
錫は結局、自分の前世を聞かないまま、たわいのない話で楽しく笑って時間を過ごし大鳥邸を失礼した。
「ご主人様…お聞きにならなくてよろしかったのですか?」
本当は知りたかった。けれど錫は智信枝栄と矢羽走彦のことを思った──そして聞くのをやめた。あれほど運命的な出会いを濁したくなかったからだ。
「あの親子は出会わなくてはならなかったの。でも私は違う…。前世を知るよりも今日を生きること、未来を生きることが大切だと思ったの」
──「ご主人様……やはりあなたは錫雅様の生まれ変わりですね…」
錫は今──人間としてこの世で魂を磨いている真っ最中なのだ。