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第31章──知られざる過去Ⅲ

 Ⅳ


「ほ~れ…ほれほれ──消えてなくなれ──っ!」真堕(まだ)()のオロチは苦しみ()()()(しん)()(さか)文女之(あやめの)(みこと)を、それでもまだ足りぬ(いきお)いで攻め続けた。

「ぐ────っ!」。「うっうぅ──っ!」声を上げまいと必死で(こら)えている智信枝栄と文女之命だったが、それがかえって()(すべ)のない錫たちを(つら)くさせた。

「おい雌狛(めすこま)──お前は(しば)られているわけじゃないから信枝殿から抜け出せるんじゃないのか?」

「あたいもそう思って何度も(こころ)みているんだけど…。信枝殿を縛ってある縄には強い霊力があるみたい…。どうしても抜け出せないの…」

「役に立たん奴だ!」

「動けないあんたがそれを言う?」

「違いない…。内輪(うちわ)()めしている場合じゃないな…」いしも綿も持って行きようのない歯がゆさを互いにぶつけあった。

 ──「何か…何か(さく)がないものか…。これで白の国の神を名乗(なの)っているのだから不甲斐(ふがい)ない…」(あま)(のそ)(れい)(ぬし)は目の前で苦しむ霊神の姿を黙って見ているしかない自分が歯がゆくてならなかった。

 ──「私は何をしているの?──目の前で無になりかけている仲間も助けられずに…。これで頂点に立とうなんて(あき)れるわ」信枝もまた、空手道日本一を目指している自分が情けなかった。

 ──「これで地獄の鬼とは情けない…。やっと仲間の元に戻れたのにこのザマか…」保鬼(ぽっき)は役に立たない自分を恥じた。

 ──「浩子…文女之命…負けないで!……無になんかなっちゃダメ!」もちろんだが、錫も何も出来ない自分が(くや)しかった。手に持っている〈(じつ)(げつ)(こう)〉を使って縄を切りたいが、体と手を一緒に縛られていてどうにもならない。それでも必死で縄をほどこうと(こころ)みた。今の錫に出来ることはそんなことしかなかった。それがまた情けなくて錫は泣きながら体を(よじ)り続けた。


 やがて智信枝栄と文女之命は苦しむことさえもしなくなった──。

「ぐぁ~はは…もう少しだな。まぁ、ここまで手こずらせるとはさすが霊神だ。それは()めてやろう。だがあとどれくらい持ち(こた)えられるかな…?」

「よしなさい!あなたも元は霊神でしょ…照陽龍社王尊(てらしはるたつやしろのきみのみこと)」天甦霊主が最後の説得(せっとく)(こころ)みる。

(おっしゃ)るとおりだ…そう私は(もと)は霊神だ──()はだ。つまり今は違う」オロチは悪びれた様子もなくニヤついている。「誰か気づいていたか?──〈照陽龍社(てらしはるたつやしろ)〉…これを音読みにしてみろ──そうだ〈照陽龍社(しょうようりょうじゃ)蚣妖魎蛇(しょうようりょうじゃ)〉だ」

 ──「えっ!?…ホントだ!ぜんぜん気がつかなかった…」気づいていなかったのは錫だけではない。誰もそんなことに気づいてはいなかった。 

「分かっただろう。霊神だった照陽龍社(てらしはるたつやしろ)は、今では邪神(じゃしん)照陽龍社(しょうようりょうじゃ)なのだ…そして真堕羅のオロチなのだ!」

「なんと(なげ)かわしい…。あなたには霊神としての心が、ほんの〝(ひと)かけら〟も残ってはいないのですね…」

「どう思おうが、何を言おうが無駄なのだ!邪神蚣妖魎蛇様の(あやつ)る真堕羅のオロチは(すべ)ての国の支配者となるのだ…ふぁっはっは」

(くる)っている──真堕羅のオロチに取り込まれたのは蚣妖魎蛇…まるであなたの方だと感じるほどです…」

「どうとでも言え。天甦霊主よ…私の見る確かな未来に、お前たちの住む平和な白の国は存在しない…。おっと、その前にここにいるお前たちは間もなく存在しなくなるがな…くくっ…ぐふふ…ぐはっはっは…」 

「…………。許せない…許せない許せな────いっ!」錫は正気を無くすほど怒りを(あら)わにした。チャクラを大きく開き霊気を一気に(たくわ)えた。「蚣妖魎蛇──いや…真堕羅のオロチ──絶対あんたを封印してやるっ!」そう言った途端(とたん)、錫は縄を〝バツバツ〟と引きちぎってしまった。(かん)(はつ)()れず錫はオロチの八つの頭を飛び越えながら、日・月・光を次々にお見舞(みま)いしていった。

「ほほ──っ!弱そうな霊神だと思ったが意外だったな…。だが残念だ…かゆいくらいだ…ふふ」錫を小馬鹿(こばか)にしてニヤついていた真堕羅のオロチは、今度は怒りに変えて錫に邪悪な霊気を浴びせにかかった。

「キャ──!」八方から浴びせられては逃げ道がない。錫の(ほほ)を真堕羅のオロチの霊気がかすめた。「くっ…」それだけで錫の魂は(しび)れてしまい動きが(にぶ)った。

 ──「こんなものを………こんなものを浩子たちは浴びせられ続けたの…」錫は自分のことより、智信枝栄と文女之命が()えた苦痛に胸を痛めた。

「お前たち…三人まとめて無にしてやる」常軌(じょうき)(いっ)していた。真堕羅のオロチは苦しむ錫たちに容赦(ようしゃ)なく邪悪な霊気を吐きかけた。

 蚣妖魎蛇は最早(もはや)真堕羅のオロチに支配されていたのかもしれない。自らも気づかぬうちに──。

「ご、ゴメンね…浩子…頼りにならなくて…ぐっ…」力のない錫の声はかすれている。

 信枝やいしが自分を呼んでいる声がぼんやり聞こえる。本当に──本当に──今度こそ本当に終わりなのだと錫は覚悟を決めた。

 と──次の瞬間──

「しょうようりょうじゃ──っ!」朦朧(もうろう)とした意識の中で、誰かがそう叫んだのを錫は遠くに聞いた。

「や…矢羽走彦…?」(かろ)うじて目を開いた錫は、そこに矢羽走彦の姿を見た。「まさか…」今一度──今度は目を()らした。確かに黒の眩燿刀(げんようとう)を振りかざす矢羽走彦が錫の目に(うつ)った。

「おのれ(たつ)夜代(やしろ)──(した)()(かわ)かんうちから…よくも」()()()ちを()らった真堕羅のオロチは、矢羽走彦に左端(ひだりはし)の頭の右の眼も(えぐ)り取られた。「許さん…きさまぁ~!」

 真堕羅のオロチは闇雲(やみくも)に邪悪の霊気を吐き出した。矢羽走彦はそれを(かわ)しながら真堕羅のオロチに言った。

「辰夜代ではない──私は矢羽走彦。貴様とは違う──霊神・矢羽走彦だ!」

「だまれ~!」真堕羅のオロチは(いか)(くる)っている。

「錫雅尊よく聞け──眼を抉り取られてこいつは半狂乱(はんきょうらん)だ。さっきと違って(すき)だらけになっている。(しばら)くコイツを押さえ込んでみるので、その(すき)に日・月・光を急所に突き刺せ!」言うが早いか矢羽走彦は辰夜代から抜け出し、今度は真堕羅のオロチに取り()いた。けれど、魂を持たず〝念〟だけの矢羽走彦がいつ真堕羅のオロチに移ったのかは錫たちにさえ分からなかった。「今だ──急げ!コイツを押さえ込めていられるのは(わず)かだ…」真堕羅のオロチの口を借りて矢羽走彦が伝えた。

「分かった!」苦しんでいる場合ではない。錫は立ち上がり、急ぎ仲間たちの縄を解きながら天甦霊主に言った。「自称(じしょう)神様(かみさま)、私に霊気を分けてください」

「お安いご用です──存分に使うがよい」天甦霊主は自らの霊気を()しまず錫に分けてやった。

「ありがとうごさいます!」力が(みなぎ)った錫は一気に蚣妖魎蛇の背中の(くぼ)みまで駆け上がった。

「日・月・光──私に力を!」錫は勢いよく日・月・光を急所に突き刺した。

「ぎゅわ────っ!」真堕羅のオロチの長い首が(から)み合う。藻掻(もが)き苦しんでいるがただそれだけだ。

「お前たち──全ての霊気を集めてコイツを真堕羅の穴へ突き落せ」矢羽走彦が叫んだ。

「しかしあなたはどうなるのですか?」天甦霊主が尋ねた。

「私は────コイツと共に封印してくれ…」思わぬ一言に一同は驚いた。

「どうして?──先ほどは心が変わることなどないと言っていたあなたが…なぜ!?」天甦霊主の疑問は誰もが感じていた。

 そして矢羽走彦から──さらに思わぬ一言が飛び出した。「私の(すべ)てをかけて………智信枝栄を守りたいのだ…」

 ──「どういうこと?あんなに嫌っていた浩子を守りたいって…」錫には意味が分からない。錫だけではない──誰も矢羽走彦の心中(しんちゅう)を理解できる者などいなかった。

「矢羽走彦…さっきの人間界での映像を見て、私に同情でもした?…だとしたら、あんたにそのような情けを受ける気はない」智信枝栄はきっぱりと()ねつけた。


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