第5章──引き合わせⅠ
引き合わせ
Ⅰ
一松穣二はさらに詳しく大鳥舞子を調べていくうちに、彼女の境遇が気の毒になり同情心が湧いてきた。
舞子が両目の光を完全に失ったのは、まだ物心つく前のことで、彼女はこの世界の何一つとして、自分の目で脳裏に焼き付けている物はなかった。失明の原因は生まれて半年程して罹ったウイルス性の熱病だった。幸い一命は取り留めたものの、舞子の目に再び光が戻ることはなかった。
母親は双子の舞子と葉子を産んで間もなくして車にはねられ亡くなっている──即死だった。それから数年後、建設会社で現場監督を勤めていた父親も倒れてきた鉄材の下敷きになって亡くなった。まだ幼い舞子と葉子は父方の祖父母に育てられることになる。祖父母は二人を大事に育てたが、祖父の放った一言が舞子の将来を決定づけた──。
祖父は言った──〝お前はイタコになれ〟と──。舞子はその一言を、なんの迷いもなく受け入れた。
姉思いの葉子は、自分だけ高校に通うことを躊躇ったが、舞子は自分に気を遣わず高校にだけは行ってくれと頼み込んだ。舞子は十五歳にしてイタコとなり、わずか数年で〝恐山の鳳凰〟とあだ名されるほど有名になっていた。彼女の知名度がそこまで上がったのは口寄せの凄さにあった。
口寄せは〝ホトケオロシ〟とも言われていて、依頼人が呼び寄せてもらいたい死者の霊をイタコに伝えると、イタコは死者になりかわって託宣するというものだ。
舞子の口寄せは正に本物で、依頼人の誰しもが口を吐いて出てくる舞子の言葉に驚かされた。時に涙を流す者もあれば、畏れ入ってひれ伏す者もいるほどだ。媒介者である舞子では知り得ないことまで伝えるのだから当然と言えば当然かもしれない。
一松が聞き込みをした情報で最も感心したのは、舞子を知る誰一人として彼女を悪く言う者がいないことだった。障害を理由に心を閉ざすこともなく、僻みや妬みなどの歪んだ性根もない。それどころか舞子は回りに明かりを照らす明朗な女性だった。それゆえに周囲の心ない者たちの中には、なんの遠慮もなく興味本位で舞子に聞かなくてもよいことを尋ねる者もいたようだ。〝目の見える人が羨ましいか?〟とか〝今、目が見えるとしたら真っ先に何が見たい?〟などと──程度の低い質問をしていたようだった。舞子の内心は本人しか知り得ないところだが、少なくともそんなデリカシーのない質問にも、彼女は笑顔で答えていた。
また、よく悩み苦しむ者の話し相手にもなっていた。〝一緒に行動すれば足手まといだが、話し相手なら…〟これが舞子の口癖だった。
一松は事件現場の状況がどうあれ、このような人格の大鳥舞子に人が殺せるはずがないと確信していた。だとすれば雪島繁を殺害したのは誰なのか?真犯人を捜し出さねばならないが、今のところ手掛かりが掴めていない。一つだけ引っかかっていることは、舞子が何かを隠しているような気がしてならないことだった。五里霧中の一松は、他力本願だが錫が舞子を訪ねることで、何か取っ掛かりが見つかればよいと考えていた。
Ⅱ
三十二丈──およそ百㍍の高さを誇る本殿など到底建てられるはずがない──どの宮大工職人もその思いを秘めていた。けれどそれを口にすることは許されない。
〝必ず神の国に届く神殿を建てよ〟──それが矢馬女の命である限り、〝無理〟という言葉は禁句だった。
ところが──実は矢馬女も後悔していた。
「たった今、三十二丈の神殿を建てよとの神のお告げがあった」そう公言したのは自らの名を轟かすための企みで、お告げなど真っ赤な嘘だ。
だが無知な矢馬女は柱を立てるだけでこれ程まで難航するとは考えもしなかった。立てても立てても柱は倒れて先に進まない。けれども神のお告げだと言い切った手前、今さら撤回もできない。矢馬女は引くに引けない中、イライラだけが募るのだった。
そんなある日、矢馬女は肥女たちのひそひそ話に耳をそばだてた。
「近頃は多くの民がお告げを求めて種女様を訪ねて来るっていう話よ……穀物を持ってね…」
「種女様、少し調子に乗りすぎじゃない?」
「民たちが勝手に寄ってくるのよ…。それに種女様は、お告げは自分の都合で下がるものではないから役に立たないとはっきり断ってるってよ。だから誰からも一切穀物を受け取らないし、お告げは神から下がった時しか口にしないってさ」
衝撃だった──。矢馬女は民たちに吉凶を占ってやるが、まやかしなのだから出てくる答えは矢馬女次第──権力を手にすると何をしても許されるのだ。
矢馬女は自分を脅かす者など最早存在しないと信じていた。けれど──たった今それが間違いだったことを思い知らされた。新たな恐怖と嫉妬の念が絡み合い、憎悪となって鎌首を擡げた。今まで可愛がっていた種女は、一転して排除に値する存在となったのだ。
──「神のお告げと称して奴を斬首か火あぶりにするのは簡単だ…。だがそう易々と殺してやるものか…」自分を脅かしたことに腹を立てた矢馬女は、種女をじっくりといたぶるつもりでいた。