第29章──再会Ⅳ
Ⅴ
今度は布羅保志之綿胡が尋ねた。
「長老…この村の民たちが夜泉の国のモノノケに襲われなくなったのには理由があると言われましたよね?どうしてです?どうしてモノノケの矛先が違う村人に向いたのですが?」
その質問に長老は笑って答えた。「心を入れ替えたからじゃ」
「はっ…!?」綿胡にはその言葉の意味が伝わらなかった。
「分かり難いか?…では言い方を変えよう──心を正した…これなら分かるか?」
「…言っていることは分かりましたが、村の民が襲われなくなったこととどう繋がるのかはさっぱり…」
「じゃろうな…。お前さん…その特異な能力で、この村に邪悪な気を感じるかどうか見てみなされ」綿胡は額のチャクラを開いて霊力を研ぎ澄まし辺りの邪気を拾ってみた。
「………ない…。長老…全く感じません」
「そういうことじゃ…。もちろん最初からそうではなかった…」
村に夜泉の国のモノノケが現れたのは数十年前のこと。予告もなしに現れては人を襲うモノノケに、村人たちはただただ怯えて暮らしていた。モノノケが見える強い霊力を持った者でさえも成す術がなく、村は崩壊の一途を辿るばかりだった。
だが時が経つにつれて、モノノケが何を求めて村人を襲うのか──そのカラクリが徐々に分かってきた。最初はモノノケが無差別に村びとを襲っていたかのように見えたが、襲われる村人には、ある共通点があることを見つけたからだ。
「襲われた者たちは、何かしらで恨みを買う者…あるいは恨みを持つ者だったのじゃ…」
「何かしらとは?」
「人の物を盗んだり、平気で嫌がらせをしたりと様々じゃが、それに腹を立てて恨むものもモノノケの餌食となっていた…」
「…なるほど──頭の悪い私にもだんだん分かってきました。つまりモノノケの好むものは人の悪しき心なのですね?」
「そのとおりじゃ…。わしらはそれを悪心と言うておるがな…」
村人たちは話し合った。今はまだモノノケを退治することができないが、モノノケに襲われない策ならある。そうして村を挙げての取り組みが始まった。
恨みの根源が私利私欲であるなら、それをまず取っ払ってみることにした。村人に不満が出ないように田畑は全て村の所有物とし、収穫した食物はすべて平等に分け与えられた。人間関係が拗れる前に話し合いができる場を設けた。挙げればきりがないが、悪心を持たない村づくりに徹底した。
「正直、長老の家にしてはみすぼらしいと思いました。それも村人たちから不満がでないようにする策の一つですか?」
「ふむ…半分はそうじゃが半分は間違っている…。村人から不満が出ないよう平等にしているのは間違いないが、それは策ではない」
「策ではないとすると…なんですか?」
「もちろん最初はモノノケに襲われないための策として始めたことじゃが、村全体が平等になれば、穏やかな暮らしができるようになった。今では策ではなく誰もが望んでしておることじゃ…」
「話を聞いていると妙な気がしますね…。村人を襲う恐ろしいモノノケのおかげで村人たちが心穏やかに暮らせるなんて…」
「全くもって妙な話じゃな…」
「神とはそういうものでしょうかね…?」
「そうかもしれんな…。互いが悪心さえ持たなければ平穏に暮らせる…ある意味理想郷じゃ…。本意ではなかっただろうが結果としてモノノケが作り上げた──そうしてみれば、奴はこの村にとっての神かもしれん…ふぉっふぉっふぉっ」
「けれど、誰一人として反発しなかったのですか?」
「もちろん一朝一夕にはいかんかった…。はじめは力ずくで約束事を決めたりしたのでな…反発する奴もおった…。忠告を聞かず襲われてしまう奴もな…。そうしながらも互いを許す心、穏やかな心、喜ぶ心、和やかな心──村の者たちは年月を重ねながらモノノケに襲われない心を学んだんじゃ」
「長老の言っていた意味がやっと理解できました。心を正してモノノケに襲われなくなったという意味が…」
綿胡は人間としての大切な心と生き方を教わってこの村をあとにした。
次に訪れる村ではどんな出来事が待っているのか──恐いながらも綿胡の心は躍るのだった。
布羅保志之綿胡がどこまで旅を続けたのかを知る者はいない──だが彼は多くの人を助け、多くのことを学び、悔いのない人生を送ったに違いない。