第29章──再会Ⅱ
Ⅱ
種女はとんでもないことを口にした。民と馬──併せて二百体を人柱にすると言い出したのだ。
葉女は耳を疑った。──「お姉さま…お父様が人柱にされてとても辛い思いをしたのに………なのに多くの命を犠牲にするなんて…」
「里女、九本の心御柱が全て立ったらすぐに儀式を始めます。そこで頼みがあります…三日後に民たちを広場へ集めておくれ」
「……種女様、本当に人柱を?」
「はい、考えていたことです。詳しいことは民たちの前で話します…」それを聞いて、里女は黙って種女の支持に従った。
三日後の夕刻──民たちは広場へ集まり、種女が現れるのを待った。やがて姿を現した種女は、一段高い台の上に立ち両手を広げた。
「皆の者、よく集まってくれました」その言葉に民たちは黙ってひれ伏した。「これからとても大切なことを伝えます。まもなく全ての御柱が立ちます。しかしそれで神殿が完成したわけではありません。これから先は高所での危険な作業となるでしょう。そこで多くの犠牲を出さぬため、前もって儀式を行います」民たちは常に自分たちを気遣ってくれている種女の思いを喜んだ。
「そこで…これから三十日後、民百体、馬百体の人柱を用意してもらいます」今までありがたく聞いていた民たちが一斉にざわついた。
「そ…そんな…人柱などと…。種女様…どうしてそんな……」民の一人が尋ねた。
「私を選んだのは皆さんです。ゆえに私の命令には従ってもらいます。それとも私をここから引きずり下ろしますか?」民たちは黙ってしまった。「さて…そこでお願いですが、この中で土器職人は立ってください」自分たちが人柱にされるのではないかと土器職人は立ち上がるのを躊躇した。
「今何人ですか?」種女が隣にいる里女に尋ねた。
「誰もいません…」それを聞いて種女がまた両手を広げて大声で伝えた。
「ここに土器職人はいないのですか?」それを聞いて言われるまま一人…また一人と立ち上がった。里女は耳元で立ち上がった人数を種女に伝えた。
「今立ち上がった土器職人以外に今一度機会を与えます。勇気を持って立ち上がる者はいませんか?」それを聞いてまた数人が立ち上がった。
「いいでしょう。今立ち上がった土器職人の者…その勇気を称えます。そしてこれから大事な仕事を任せます」
種女は土器職人に、人と馬の形の小さな土器人形を百体ずつ作ることを命じた。最初にそのことを伝えなかったのは、命がけで丹精込めてそれを拵えてもらいたかったからだいうことも説明した。
「こうした土器をハニワと名付けます。一体一体に魂を吹き込んでください。なにしろ人柱の役割を担ってくれるのですから」それから種女はその職人たちがハニワ作りに専念できるよう、多くの世話役を女の民たちに命じた。
与えた日数は三十日──勤めが終わればたくさんの褒美を与えることも約束した。それと、勇気を持てずに立ち上がらなかった土器職人に対しては、特に罪には問わないことも種女は付け加えて伝えたのだった。
「最後に皆さんに土器を人柱にする理由を伝えます」民たちは一段と静かになって種女の言葉に耳を傾けた。
「私の亡き父は、今も冷たい土の下で神殿の完成を祈ってくださっています。父が一人で寂しくないよう…そして神殿作業で誰一人として命を落とさぬよう人柱をもって神に祈ることを私はずっと考えていました。人柱など建前は名誉とされていますが本音はどれほど無念でしょう。それに私や葉女がそうであるように、残された者の悲しみは生涯癒えることはありません。私は誰の命も奪わず神殿建立祈願の儀式を行うべく、ハニワを人柱にすることを思いついたのです。ゆえに、全てのハニワに命を吹き込んでください…お願いします」種女が民たちに深く頭を下げた。
「おやめくださ」。「頭をお上げください」種女に頭を下げられた民たちは動揺するばかりだった。
「そういうことだったのですね…」葉女と里女はやっと種女の思いを知った。
「はい…誰よりも神殿の完成を願っていたお父様に私ができるせめてものことです。もちろん多くの民の力を借りなければできないことですが…」種女はただの一人も犠牲者を出すことなく神殿が完成することを強く願っていた。