第29章──再会Ⅰ
再会
Ⅰ
「やめてポッキーのおじさん!」錫は心の中でそう叫びながらも、今度こそ終わりだと諦めた。
錫を鷲掴みにした赤い巨人が、もう片方の手に持った晶晶白露で錫の胸元を突き刺そうとしたその時だ。「ちょ──っと待ちなさ~い!」
「今度は誰だ、ちびちびと小出しにしやがって!しかけたションベン止められたみたいで鬱陶しい…」真堕羅のオロチはイラついて例えが汚くなっている。
「ほ~らごらんなさい綿──やっぱりでしょ!?」颯爽と現れたのは綿に跨った信枝だった。
「はい…」正直、信枝に押されて辟易しながら真堕羅に向かった綿だったが、目の前の状況を目の当たりにして心の中で信枝に詫びた。
信枝は綿に跨ったまま赤い巨人の胸元に思いきり右の拳をお見舞いした。いったんは怯んだ赤い巨人だったが、それだけなのは言うまでもないことだ。
「綿…頼むわよ」それだけ言えば充分だった。綿は信枝の霊体に入り込むと、その霊力を両手足に振り分けた。
「さぁ、どっからでもかかってきなさい──錫雅様には指一本触れさせないからね!」
「信枝殿かたじけない…」いつもピンチになると現れてくれる信枝がウルトラマンに見えた。
「お礼なんて水くさいですわぁ♡…」そう言いながら信枝は顔を赤らめた。
「この状況が分かっていないようだな。お前の仲間は縛り上げられて人質も同然だ。そうでなくてもお前ごときがどんなに暴れようと、この辰夜代と蚣妖魎蛇様にはダメージ一つ与えられまい」
「…ん……辰夜代?…………あなた矢羽走彦ね!?」そう言ったのはまたしても智信枝栄だった。
「…き、貴様…またしても…」辰夜代は恨めしそうに智信枝栄を睨んだ。
「どういうわけだか、あなたの霊気は勝手に分かってしまうのよ…」智信枝栄は迷惑そうに顔を顰めた。
「あなたが矢羽走彦なのですか!?」その場に声だけが響いた。会話を聞いていた天甦霊主だった。
「誰だ?…聞き覚えのある声だが?」
「私の声さえ分からなくなってしまったのですか…矢羽走彦」
「誰なんだ!?…姿を見せろ」
「仕方ありませんね…」天甦霊主は文女之命の霊刀静丸から抜け出すと、初めて皆の前にその姿を現した。
「ひぇ~~~~…あれが自称神様!?…あったんだ…姿が…。…はっきりした目鼻立ち、さらりと艶やかな長い黒髪。非の打ちどころがない…」錫は何度も瞬きして天甦霊主を見入った。透きとおるような白い肌と均整の取れた美体を、薄紅色の意地悪な羽衣が纏い隠している。天甦霊主は涼しい瞳を錫に向けて微笑んだ。
「神になると、むやみに姿を現すことをしないのです。その姿が象徴的なものになってしまうのを避けるためにです」その説明も錫はうわの空だった。
けれども一番驚いていたのは、化け物の姿と化した辰夜代──いや、矢羽走彦だった。「天甦霊主……いや──泉坂乃雫姫…」
「矢羽走彦──本当にあなたなのですか?」天甦霊主は顔色を変えることなく尋ねた。
「久しぶりという言葉などでは埋められない遠い年月だな…雫姫」
「驚きました。まさか…無になっていなかったとは…。聞かされてはいたものの、それでもここに来るまでは半信半疑でした…」
「無になっていてほしかったか?」矢羽走彦は皮肉っぽく問いかけた。
「そういう意味ではありません。それを伝えたくてここまで来たのです」天甦霊主は強い口調で否定した。
「今更何を聞こうが私には無意味だ。どんな言いわけを並べようが、私が耐えた気の遠くなるような年月を埋めることなどできん」
「あなたがどうして今ここに居るのか──おおよそ理解はしています」
「雫姫──あんたは私に全気滅消の瑠璃玉を渡し、拗隠の国の抜け穴を塞がせた。自分の任務を全うし神になるためにだ」
「私の瑠璃玉は何者かに盗まれたのです…。確かにあのとき私は神になるために、白の国の平穏を保つ任務を遂行中でした。ですが神になりたいがためにあなたをそそのかし、任務を完遂しようなどと思ったことなど微塵もありませんでした。ですから本当に驚いたのです──あなたが拗隠の国に居たことを…」
「あんたの言うとおりだとして、拗隠の国の抜け穴が塞がった理由を考えなかったのか?」
「もちろん考えもしました。ですが、あなたが狡狗との戦いで無にされたと聞いていた私は、抜け穴は自然に塞がったのだろうとしか思いが及びませんでした…。────その二つの出来事の意味を考え結び付けることなど…あの時の私には…」
「ふははは…それがあんたの幼稚な言い訳か…」
「深く考えなかった私の浅はかさは詫びねばなりません…。そのためにここに来たのですから…。ですが、私は本当にあなたが無にされたと聞かされていたのです。そしてそれを信じておりました」
「ふんっ、そんな話を誰から聞いた?…神ともあろうお方が戯言を…」
「本当に…本当に申しわけないことをしました。ですが…目の前であなたが無にされたのを見たと…照陽龍社王尊からそう報告を受けていたのです」
「な、なに!照陽尊だと…?」矢羽走彦は暫く沈黙の後、カラカラと笑いだした。「そういうことか。ふははは…そういうことだったのか!」
「白の国を守るべき霊神が、まさか同じ霊神を偽り陥れるとは思ってもみなかったのです」
「分かった分かった。それならばあんたを許そう…。────と言うとでも思ったか?今となっては全てが遅い。むしろ照陽尊の気持ちが分かるくらいだ」
「許してもらおうと思ってはいません。ただどうしてもあなたに会って詫びなければと思ってここに来たのです…」
「んがはははっ…ゆかいだ、実にゆかいだ!」真堕羅のオロチは八つの首をくねらせながら笑った。「今日はめでたい。ここに雫姫と矢羽走彦がおいでになるとはな…。あとは天翔虎慈之尊が揃えば完璧だったが…ながははっ」
「蚣妖魎蛇様…どうして虎慈尊のことをご存じで?」辰夜代が驚いて尋ねた。
「教えてほしいか辰夜代…いや矢羽走彦──まさかお前だったとは…」
「どういうこと?…何がどうなってるの?」錫は小声で智信枝栄に尋ねた。
「分からないわ…………私にも…」智信枝栄は険しい目をしたまま答えた。
「よく聞くがいい──照陽尊はこの私だ。蚣妖魎蛇こそが照陽龍社王尊なのだ…んふふふ」
「なっ…なんとあなたが!?」今まで顔つき一つ変えなかった天甦霊主が初めて狼狽した顔を見せた。矢羽走彦もその正体を知り動揺を隠せない様子だった。
「驚いただろう…?揃いも揃ったものだ。智信枝栄之命と錫雅美妙王尊まで…四天王の勢ぞろいだな…」
──「それならば丁度いい…。私の計画と同時に照陽尊の復讐もしてやろうではないか…ふふふっ」蚣妖魎蛇の正体に驚いた矢羽走彦だったが、暫く考えて、これは好機だと悟ったのだった。