表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/104

第28章──真堕羅のオロチ復活Ⅲ

 Ⅲ


 (つき)()()()(かみ)の力を()りて、大晦日(おおみそか)の夜空は煌々(こうこう)とした月光(げっこう)に照らされた。錫はゆっくりと古代(こだい)神殿(しんでん)御扉(みとびら)に手をかけた。

 〝ギィ~…〟御扉は、荘厳(そうごん)な音を鳴り(ひび)かせながら、錫の手によって開かれていった。

「やった~!」錫が叫ぶと、一同も歓喜(かんき)の声を上げて喜んだ。

(つるぎ)は…剣はありますか?…錫雅様」()(しん)()(さか)が恐る恐る(たず)ねた。

 錫は御扉に掛かった御簾(みす)を手で少し(まく)り上げてから小さくも力強い声で答えた。「…ある!」

 再び一同は歓喜の声を上げて手を取りあった。

 ──「これが最後の剣…。でも最初の剣は()()亡者(もうじゃ)(うば)われたまま…。なんとしても剣を取り返さないと…」喜びながらも神妙(しんみょう)な顔をしている錫の心の内を、智信枝栄は(さっ)していた。

「錫雅様…お気持ちは分かりますが急ぎましょう。天甦霊主(あまのそれいぬし)様と文女(あやめ)が待つ真堕(まだ)()へ…」智信枝栄は(いた)って冷静だ。

「そうだな」錫はこっくりと(うなず)いた。「月夜美乃神様ありがとうございました。そして信枝殿、何度も助けてもらい感謝している…心からお礼を申す…」

「錫雅様、そんな…(あらた)まって…」信枝はうつむいて顔を赤らめた。

「では、ここでお別れを…」

「とんでもない!せっかくお会いできたのです。私は錫雅様の行くところ、どこにでもお(とも)いたします」

 ──「ヒィ~…ダメだって信枝──堕羅に入れば私は香神錫に戻っちゃう」(あわ)てる錫だ。

「信枝殿、あたいたちの役目は終わりました。今日は引き揚げましょう」綿が気を()かせて信枝に言った。

「でも…」しばらく(しぶ)っていた信枝だったが、最後は綿に(したが)って引き揚げることにした。

 錫は胸をなで下ろし、智信枝栄といしと共に一路(いちろ)真堕羅を目指して旅だった。月夜美乃神も信枝と綿に別れを告げると、かぐや姫の(ごと)く月に向かって帰って行ったのだった。


「ねぇ、綿…私が錫雅様の後を追いかけていくと、いつも錫雅様の危機(きき)にかち合うの…」

「はぁ…」綿はそれだけで察しがついた。

「もしも…もしもよ…もしもだよ──今度も錫雅様が危険な目に遭ったらどうする?私が追いかけて行くとまたしても危機(きき)一髪(いっぱつ)場面(ばめん)遭遇(そうぐう)した──なんてことになったら…」

「それは、信枝殿の想像(そうぞう)でしょう?」

「でも…もしもその想像が的中(てきちゅう)したら?…私が追いかけなかったために、錫雅様に万が一のことがあったら?…そんなことになったら私は一生(いっしょう)後悔(こうかい)することになる…」

「それで…あたいにどうしろと?」

「どうしろとは言ってないわ。ただ、そうなったら私は一生それを引きずって生き続けないといけない…。ううん…生きていけるかどうか…」

「……」綿は人間がややこしい生き物だと感じた。




 Ⅳ


 恵栄文女之命(めぐみざかあやめのみこと)は化け物に()(こう)から立ち向かった。そいつは丸太(まるた)のような太い腕に二本の角を持つ赤いウロコに(おお)われた巨人(きょじん)だ。文女之命は(れい)(とう)(しず)(まる)を赤い巨人に幾度(いくど)も振り下ろしたが、ダメージを受けることはほとんどなかった。

「ダメです…天甦(あまのそ)(れい)(ぬし)様、たとえ私の力を(すべ)(かい)(ほう)しても、この化け物を(たお)すことは無理です」

「では私の力を使うがよい」天甦霊主は霊刀静丸に自分の力を(しの)ばせた。すると文女之命が(つるぎ)一振(ひとふ)りするだけで、赤い巨人は苦しそうに(うな)り声あげて動きを止めた。

「先ほどとは雲泥(うんでい)()です。ですが、それでも少しのあいだ動きを止めておくことしか…」

「ふははは…(いきお)いよく(いど)んで来たわりには大しことないな」どこからか()()亡者(もうじゃ)とは(かたち)の違う化け物がヌッと現れた。「こんな(やつ)一匹(いっぴき)苦戦(くせん)しているようではな…」

「お前は誰です?…私たちは(たたか)いに来たわけではありません」

「私たち…?──そうか、どうりでお前とは違う(おぞ)ましい霊気を感じると思ったら、その剣に隠れている奴がいるんだな…出てきたらどうだ?」

「そのことが分かるということは、堕羅の化け物ではないな?」

「ふん…私は(たつ)()(しろ)蚣妖魎蛇(しょうようりょうじゃ)様の側近中(そっきんちゅう)の側近だ」辰夜代の形態(けいたい)(つね)に変化していた。今や辰夜代は、(こう)()の姿に近かった。あえて違いをいうなら、その所々(ところどころ)にウロコを(まと)っていることと、霊気を(うば)う毒を持った(きば)を持っていることだ。

「私たちはある者に会いに来ただけです…。そこをお退()きなさい」

「ダメだな…これ以上奥に行かせるわけにはいかん」

「では、力ずくで通るしかないですね」

「そんなひ弱な霊力で私とやり合うつもりか!?…ムハハハッ!」辰夜代は文女之命をバカにするように笑うと一気に()()いを詰めてきた。さすがに辰夜代の強さはけた違いだった。本来の霊力と狡狗の怪力、それに毒を持つ牙を(たく)みに使って文女之命を追い詰めていった。

「仕方ありませんね…。文女之命、私の力を全て使いなさい!剣をしっかり握っておくのですよ…(はじ)()ばされないように!」

「はい!」言われたとおり文女之命が両手で静丸を〝ギュッ〟と握ると、その(やいば)は一気に(まばゆ)い光を放った。

 ──「これが天甦霊主様の力…。これなら充分(じゅうぶん)(たたか)える!」文女之命は辰夜代に向かって静丸をほんの一振りしてみた。刃の先から(ほとばし)る霊気は確実に辰夜代を(とら)えた。

「ぐっ…動けん……」辰夜代は苦しそうにのたうち回った。

「さっ、今のうちに…。奴の待つ奥へと急ぐのです」。「はい…」

「待て…んぐぐっ…」辰夜代は苦痛な声をあげながらもどうにか立て直すと、文女之命の行く手を(さえぎ)った。「その剣に隠れた奴は何者だ?…どうして姿を見せない?」

「このお方は…」文女之命が天甦霊主の存在を口にしようとしたとき、真堕(まだ)()の奥から(おぞ)ましい霊気を感じた。文女之命は言葉を止めてその悍ましい霊気に目を()った。

(ようや)くこいつと一つになれた──真堕羅のオロチ復活(ふっかつ)だ!…辰夜代よ待たせたな」

「蚣妖魎蛇様、とうとうこの時がきたのですね」

「そうだ。我々の時代が来るのだ!…ぐははは」真堕羅のオロチと同化した蚣妖魎蛇の笑いは地響(じひび)きを(いざな)った。

 八つの顔と八つの尻尾(しっぽ)──それを(たば)ねる胴体(どうたい)はあまりにも大きく、その全体像を(つか)むことができないほどだった。

「なんという(もの)()…」文女之命は今まで出遭(であ)ったことのない化け物に驚きを隠せなかった。

「お前たち…オロチの大きさに驚いているのか?…それならもう少し待ってからにしろ──このオロチの強さを知ってからにな…むがはは…」言うが早いか真堕羅のオロチと同化した蚣妖魎蛇は文女之命に襲いかかった。文女之命は八つの頭を(たく)みに使って襲いかかるオロチの攻撃を(かわ)すだけで精一杯(せいいっぱい)だった。それでもなんとか(すき)をみつけて霊刀静丸を()(ばや)()った。その刃の先から放たれた霊気はオロチを確実に(とら)え、文女之命は手ごたえを感じた。

「あれっ…今何か当たったか?──蚊が刺したほども感じなかったが…」真堕羅のオロチはわざとらしくそう言って笑った。

「なに…!?──そ、そんな…」文女之命はいっぺんに戦意(せんい)喪失(そうしつ)した。

「おい、お前はいったい何しにここへ来た?……んっ?ふははは…」

「私は…私は戦いに来たわけではない…。矢羽走彦(やばしりひこ)に話があって来たのです」

「……なんだと!?──矢羽走彦…?」真堕羅のオロチは何故(なぜ)だか驚いた様子を見せたが、八つの首をクネクネとくねらせながら八方から文女之命を(かこ)い、長い舌が届くほど近づいた。「残念だが、そんな奴はここにはいない。──さぁ、私がさっさとお前を取り込んでやろう!」そう言って大きく口を開けたオロチに対し、文女之命は素早く体を伏せてから転がり回避(かいひ)した。

上手(うま)(かわ)したな。おい辰夜代、その赤い巨人の化け物と一緒にこいつを始末しろ」

「はい。こんな奴ごときに蚣妖魎蛇様の手を(わずら)わすことはありません。──おい、やるぞ!」辰夜代が赤い巨人に一声かけた。二体は同時に文女之命に襲いかかった。

「お待ちなさい!」どこからか声がした。

「誰だ!?邪魔をするのは…」辰夜代が(あた)りを見渡していると、目の前に声の(ぬし)が現れた。

「お姉様!」智信枝栄之命だった。

「ごめんね…遅くなって」

「私もいるわよ!」遅れて錫がいしに(またが)っての登場だ!真堕羅の入り口付近でちょっとだけビビっていたのが遅れの原因だった。

「あれ…?私真堕羅に入った途端(とたん)、錫雅の姿になっちゃった…」

「今ここは霊気が不安定(ふあんてい)なので、錫雅様のお姿になったのでしょう」智信枝栄がそういうと、真堕羅のオロチと辰夜代の顔が一瞬引きつったが、それには誰も気づかなかった。

「バカが…飛んで火にいる夏の虫とはよく言ったもんだ」辰夜代は何もなかったようにそう言って笑った。「さて、お前たち…ここから出られると思うな!…この真堕羅がお前たち全員の墓場(はかば)となるのだ──やれ!」辰夜代が赤い巨人を(けしか)けた。赤い巨人は太い腕を手当たり次第に振り回して暴れた。

「やめて!ポッキーのおじさん…。私だよ…錫だよ!」赤い巨人は知らぬ顔で太い腕を武器に襲いかかった。

 ──「ダメだ…。ポッキーのおじさん相手に本気で戦えない…」錫はどうしても躊躇(ちゅうちょ)してしまう。

「どれ私も加勢(かせい)してやろう」辰夜代が戦いに加わった。いしは赤い巨人に()(たお)され、文女之命と智信枝栄は辰夜代の素早い動きを躱せず、あっけなく捕まってしまったのだった。

勝負(しょうぶ)あったな。おい錫雅尊、このまま一人でじたばたするなら、こいつらを全員無にしてやる…」真堕羅のオロチがねちっこく言うと、錫は下唇(したくちびる)()んで動きを止めた。

「そうだ、それでいいんだ!…そいつを捕まえろ」赤い巨人は大きな手で錫を握るように捕まえ(なわ)(しば)り上げた。

「さてと…ずいぶん手こずったが、どうやらこれで本当に(まく)のようだな…。一人ずつゆっくりと始末してやるぞ。まずお前からだ…錫雅尊…」真堕羅のオロチがゆっくりと目で合図をすると、赤い巨人は手に何かを取り出した。

(しょう)(しょう)(びゃく)()…」錫は思わず口にした。

「お前は仲間の手によって、お前自身の短刀(たんとう)で無にされるのだ。最高のシナリオだな…がぁはっはっ…」辰夜代が(たか)(わら)いして右手を(おろ)した。赤い巨人は持っていた晶晶白露を高く上げ、錫の胸元に刃先(はさき)を向けた。

 ──「今度こそ終わりだ」そう思って(あきら)めた時──。

「ちょ──っと待ちなさ~い!」またしてもどこからか声が聞こえたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ