第27章──古代の出雲大社Ⅲ
Ⅳ
信枝と綿が出雲に駆けつけるのに、そう長くはかからなかった。
「錫雅様────お待たせしました!」信枝は有無も言わさず錫の胸に飛び込んだ。言うまでもないが、錫は信枝が到着する前に錫雅尊に姿を変えていた。
──「信枝ったら……相変わらず錫雅には積極的ねぇ…」
「信枝殿、今回はこんな形で出雲に来させてしまってすまない」
「今回は………?」錫は〝しまった〟と思ったがもう遅い。
「あ…あぁ、いやいや…前に錫たちと旅行で来ただろう?私は錫の守護霊なので、そ、それくらいは知っている…」
「あっ、なぁ~んだ、そっかぁ!ふふっ、あんな旅行より錫雅様と一緒の出雲のほうがステキです!」
──「あ、あんな旅行って…──信枝ってば…もう~」錫は〝チロッ〟と智信枝栄に視線を向けた。智信枝栄からは〝本気じゃないわよ…〟と吹き出しが出ている。
「それで、錫雅様どうして私をここへ?…大国主命に私たちの永遠の愛を誓ってくださるためですか?」
「い、いや…それが…そうではなくて…」
「うふふ…冗談ですよ……錫雅様ったら真に受けちゃって…かわいい~ウフッ!」
──「もう……この子は誰なの?」とてもあの信枝とは思えない。
「あのだな信枝殿…実はとても大切な用があって呼んだのだ」錫は話を本筋に戻した。
錫が切り出したのは意外にも月夜美乃神の話だった。以前地獄へ向かった折、意識を失った信枝と綿を助けたのが月夜美乃神だった。信枝たちに親しみを感じた月夜美乃神は、別れ際に“困ったことがあれば月に向かって願いなさい”と綿に伝えた。その話の一部始終は、錫たちも報告を受けて知っている。
「確かに月夜美乃神様はそのように言ったのだな?」錫が信枝に確認した。
「私はあの時、意識を失っていましたが、綿がそう聞いているはずです──そうよね綿?」
「はい、そのとおりです。月夜美乃神様は確かにそう仰いました」
「でも、どうしてその話を錫雅様が?」信枝は口を尖らせて尋ねた。
「あっ、あぁ…何度も言うように私は錫の守護霊だ──綿が錫に話をするとき側にいたのだ…」
「え~…錫雅様はいつも錫の側に?…それじゃ、いつも私たちの会話をお聞きになっておられるの…──もうイヤだぁ~ん…」
──「まったく信枝ったら…悪い薬でも飲んだみたい…」相変わらず智信枝栄は、タジタジになった錫を見てクスクス笑っている。
「話を進めるぞ。信枝殿と綿──ここから祈りを込めて月夜美乃神様を呼んでくれぬか?」
「月夜美乃神様をここへですか?」
「そうだ、どうしても頼みたいことがあるのだ。お願いできるか?」
「もちろん。錫雅様のお力になれるのでしたら、どんなことも惜しみませんわ!…綿、いいわね?」
「はい、あたいはいつでも」
信枝と綿は半分欠けた月を仰いで共に祈った。錫はその後ろ姿を見つめつつ、月夜美乃神に願いが届くことを祈るのだった。
Ⅴ
種女は支配者となった──。
目の見えない種女は、それゆえできるだけ多くの民たちの思いに耳を傾け政に努めた。
争いのない国──。平等に暮らせる国──。食物の豊かな国──。そんな国づくりをひたすら目指した。
同時に、父・箕耶鎚之工が人柱にまでされて未だに完成していない神殿を完成させるべく、着々と準備を進めていたのだった。
「種女様──建築に要する材料はすべて調いました」
「ありがとう皆の衆。けっして無理をしないでください。そして…一人も命を落とさないでください。私は人柱になった父の御霊にそのことをひたすら祈るしかできませんが…」まさに命がけの建築だった。だが、種女の言葉に民たちは意欲を持って取り組んだ。種女はいつも民たちと──そして、民たちはいつも種女と共にあった。
矢馬女が支配していた頃の国とは──まるで別世界になっていた。
御柱を建てる方法は箕耶鎚に教わったとおりの方法でよかった。前回は大地震のせいで倒れてしまったが、この度はそれも考慮して、地面の深さを前回より五㍍も深くした。
「種女様、まもなく九本の柱が立ちます。そうすれば長い長い段を拵え、いよいよ神殿の建築へと移れるでしょう」里女が現場の状況を報告した。
「そうですか…今度こそ完成させなければ。民たちの心の拠り所となる立派な社を…」
「たとえ完成したとしても倒れなければよいのですが…」
「はい、そのことはずっと心配していることです。そこで一つ決めたことがあります…」
「決めたことですか?」
「はい…。里女も葉女もよく聞いてください。柱がすべて立ったら儀式を行います」
「柱が倒れないようにですか?」葉女が尋ねた。
「そうです…。──そのために民百体と馬百体…合わせて二百体の人柱を用意します…」
里女も葉女も言葉を失った。