第27章──古代の出雲大社Ⅰ
古代の出雲大社
Ⅰ
その日──とにかく錫は落ち着かなかった。その年の大晦日を迎えたからだ。
「浩子はまだかなぁ…?あと二十四時間しかないのに…」
「まあまあ…日付が変わったのはたった今ですけん…」気が急くのをいしがなだめた。
「もう来てるわよ!」肉体を抜け出した浩子が智信枝栄となって現れた。
「わっ、ビックリした!幽霊になって登場するとは…」
「驚かせてゴメンね。この方が早いと思って…」
「まぁ…確かに…。それにしてもさっすが浩子は時間に正確だね。…んじゃ、私も幽霊にしてちょうだいな」錫は智信枝栄の力を借りて、肉体から魂を抜いてもらった。
「う~スッキリ…ありがと。──それじゃ、いし…私たちを出雲まで頼むわね!タイムリミットは二十四時間…とにかく急ぐのよ!」
「はいですけん!」いしは二人を背中に乗せると、嬉々として目的地を目指した。
〇
平成十二年──出雲大社境内遺跡から古代出雲の本殿を支える巨大柱が見つかった。三本の杉の大木を束ねた柱は直径三メートルもあり、その形と位置から、古い時代に書かれていた出雲大社設計図『金輪御造営差図』と合致したことから、古代本殿の存在を裏付けるものとなった。
〇
「どうしよう……ドキドキするなぁ…」
「大丈夫よスン。私は正解だと確信しているわ。それにしても、よくもまぁ、見事に文字替えができたものね…」
「まだ分からないわよ。正解だったら褒めてね」錫はそう言いながらも自信ありげに答えた。
到着まで一〇分とかからなかった。リニアモーターカーでも到底太刀打ちできない速さだ。
ほどなく境内に到着した一行は、観光旅行で訪れたときとは全く別の顔を見せている出雲大社に驚いた。
「浩子…見て、何これ…!?」二人を見下ろすように高くそびえ立っていたのは、想像をはるかに超えた巨大な建造物だった。「こ…これが古代出雲の本殿…?──この世のモノじゃないみたい…」錫が真上を向いて呟いた。
「この世のモノじゃないけどね…」浩子はそう言って笑った。
遠い遠い昔──この場所に大国主命が鎮まる神殿を建てた。御柱の発見で、その存在は明らかとなったが、それはあくまでも柱の跡だ。だが錫たちが今見上げている神殿は、その姿を現にした言い伝えどおりの神殿だった。
「百㍍もの高さの神殿が建っていたのは本当だったのね…」錫は放心状態だ。
「最も古くに建てられた社よ…。幾度も失敗を繰り返して────あっ、おそらくね…」智信枝栄はガイドよろしく錫に説明した。
「だけどどうして大晦日にだけこの神殿が…?」
「錫雅様よ…錫雅様が大晦日にだけ現れるようにしたのよ。──なにしろ“ひらひら散る木の実”を育てるために別世界を作り出しちゃう霊神だもの」
「錫雅にとってはお安いご用ってことか…。恐るべし錫雅…」自分を恐れてブルっと震えた錫の手のひらを、いしがペロペロと舐めた。
錫たちはそびえ立つ神殿へ入るのに、あえて階段を使うことにした。当時の人々の思いを味わってみたかったからだ。
中古に建てられた神殿は約四十八㍍だ。その階段の長さは一町(約百九㍍)とされている。今回現れた本殿はその倍の高さだ。当然階段の長さは驚くほど長いものだった。
「肉体があったらヘトヘトになるところだね…」
「あともう少し…。入り口はすぐそこよ」それを聞いて錫の足が早まった。
「古代の神殿の階段を昇った現代人は私たちだけね」当然のことを言いながら錫は最後の一段に足をかけた。
「うわぁ~~~絶景~…」錫は天国から下界を見下ろしている感覚で感嘆の声をあげた。
「スン、神殿の入り口が開いているわ」
「ほんとだ、通り抜けなくてすみそう…きゃは…」
錫たちは誘われるように神殿の中へと足を踏み入れた。
「意外に広いのね……神殿の中って…」正方形の神殿は、ぐるりが回廊になっていた。回廊の内側は一段高くなっていて、入り口の正面・神殿の中心あたりには、その向こう側が見えないよう仕切り板が立ててあった。
「出雲大社設計図のとおりなら、あの仕切り板の向こう側に御神座がありますね…ご主人様…」
「行ってみましょう…スン」
時計回りに回廊を歩いてみると、仕切り板の向こうには確かに小さな社があった。
「…小さいけど神々しいね」錫は大きな目を輝かせて社を見つめた。
「御扉が閉じてる──スン、開けてみて」
「うん…」錫は社に近づくと、御扉に手をかけた。「ん……開かない……ダメだ。押しても引いてもびくともしない…」
「通り抜けもできない?」
「うん…それも無理だよ…」
「強い霊気をぶつけてもダメですかね?」
あれこれと試行錯誤していると、いきなり背後から誰かが声をかけた。
「お前たちだな?…良からぬことを考えているのは」その声に振り返ると、そこに居るはずのない者が立っていた。
「赤鬼…。鬼がどうしてここに…?」
「どうしてか…?オレは真堕羅のオロチ様からお前たちを退治するよう命じられてここに来たんだ」
「スン、鬼が人間界に来るなんて、きっと地獄で何かあったのよ」
「ふん、そっちの奴は察しがイイな。顔も賢そうだ」
「ごめんなさいね。どうせ私はアホヅラですよ~だ!」
「本気で相手にしちゃダメよ。それより地獄で何が起こっているか聞きださないと…」錫は小刻み(こきざみ)に頷て鬼に尋ねた。
「どうして獄卒の鬼が私たちを退治しに?」
「さあな………オロチ様の目で睨まれたらそういう気になってしまったんだ…」
「どうやら操られているようですよ…。オロチはとんでもない霊力を持った奴でしょうね…」いしは鬼に牙をむきつつそう言った。
「だいたい鬼が私たちを退治って──鬼は退治されるがわなのに…」
「それは昔話でしょ…」智信枝栄はクスっと笑って返した。
「お前たちふざけているのか…。これでも喰らうがいい…」赤鬼はドデカいイボ付きの棍棒をいきなり振り上げてきた。
「お待ちなさい!」まさにそのとき──誰かが鬼を制した。
「あっ……文女!」振り上げていた鬼の手を止めたのは、恵栄文女之命──智信枝栄の妹だった。
「突然現れてごめんなさい。実は私はただのお供です」そう言うと文女之命は愛用の霊刀静丸を赤鬼の前に突き出した。「さぁ、この刃をよく見なさい」言われるまま赤鬼が霊刀の刃を見つめると、険しかった顔に穏やかさが戻ってきた。
「あれあれ…どうしたの!?鬼さんの顔が…」錫はただ驚くばかりだ。だが驚いたのは錫だけではなかった。
「文女…あなたの霊刀………そんな力を秘めていた?」智信枝栄は文女の持つ静丸に驚いた。
「いいえお姉さま…知ってのとおり、この子は相手の霊気を吸い取ることしかできません…。けれど今は違う力が備わっています。魂そのものを吸い取り、相手を浄化させることが容易くできます」
「いつの間にそんな…」
「それは私から説明しましょ!」その声はそこに居た者たちの心の中に囁いた。
「その声は自称神様?」
「そうです…私です」
天甦霊主は、なんとしても矢羽走彦と会って真実を伝えねばならなかった。堕羅に大異変を感じた天甦霊主はこの機を逃すまいと出向くことにした。ちょうど錫たちが最後の剣の在処に辿り着いたことを知った天甦霊主は、まず錫たちと合流し、その足で堕羅に向かうことにしたのだった。
「私は、文女之命の持つ霊刀静丸に宿ってここに来ました」
「あ~…そういうことか…。赤鬼さんを正気にさせたのは自称神様だったのね。そうだ…神様、最後の剣を手にするのに手間取っているの…。なんとかならないですか?」
「力になってやりたいが、錫雅尊の仕組んだカラクリは私にも分かりません」あわよくばと思った錫が浅はかだった。「今の状況を見ていると、最後の剣を手にするまでには、もう少し時間がかかりそうですね…。すまないが、私と文女之命は一足先に堕羅へと向かいます」
「はい…もたもたしていてごめんなさい…」錫は素直に謝った。
「それでは錫、お姉さま、そしていし…お先に」恵栄文女之命は天甦霊主の宿った静丸と共に一路堕羅へと向かったのだった。