第26章──真堕羅のオロチⅡ
Ⅲ
「もう一度言います。皆さんが私を支配者に選んだ限り、私は権力を存分に使います。そして私が支配者である限り、必ずそれに従ってもらいます」民たちは種女の強い口調に戸惑った。権力を手にした途端、早くも豹変したのだと恐れた民もいた。「…それは……皆さんの生活を豊かにしたいからです。そのために従ってもらいます」民たちは種女のその言葉に〝はっ〟と息をのんだ。「民の気持ちがばらばらでは、生活を豊かにすることはできません。ですから私が皆さんを束ねます。私が権力を使うのはそのためです」民たちは目に涙をためて聞き入っていた。「それから…私を選んだのはここにいる皆さんです──ですから私は自分からその立場を退いたりいたしません。最後まで投げ出さず、責任を持って政をいたします。けれども…もしも私が間違った方向に皆さんを誘ったなら、どうか皆さんが遠慮なく私を引きずりおろしてください…。選んだのが皆さんなら、辞めさせるのも皆さんであり私ではありませんから…」種女の演説に民たちは胸を打たれた。あちこちから〝種女様、種女様〟とありがたそうな声が響き渡った。
──「この人はやはり真の支配者だ…。これからわが国は必ず栄えるに違いない…」浦祇乃里女は自らの判断が正しかったと確信したのだった。
Ⅳ
掃除を終わらせて部屋へ戻った錫は、急いで文字カードを並べ始めた。
「もし私の予想が当たっていれば、思っている文字が全部あるはず…」
「な…なんだかドキドキしますけん」いしは顔をしわくちゃにして錫の手の動きを見守った。
【だ・の・あ・か・お・に・は・こ・ら・い・み・お・そ・わ・れ・る】
「これが〝いずものほんでん〟を抜いた残りのカードだよ……。そこからまず〝お〟…もう一つ〝お〟うん、あるある。そして〝み〟〝そ〟…最後に…これだよ〝か〟──見てよ、全部揃ってる!」
「うわっ!…〝おおみそか〟──これがご主人様の選んだ答えですね?」
「そうだよ。玉の中の絵の太陽は向かって左側にあった。これは西に沈む太陽を表している──と、ここまでは解けていたけど、それに当てはまる文字が見つけだせなかった…。そこで錫ちゃんは考えたのだ──〝夕日〟とか〝日の入り〟とかではなく、もっともっと視野を広くして違う意味がないかと…。そうしたらいつものとおり閃いた!もしやこの太陽は一年の終わりを表しているんじゃないかと…。もうそれしかないなぁ…っと」
「そうしたらあったのですね───“おおみそか”の五文字が!」
「やっぱりご主人様の閃きはスゴいですけん」
「ふふっ…これが正解なら残りの文字は〝だ・い・あ・に・は・こ・ら・の・わ・れ・る〟…これだけに絞られる。ここからいしの言っていた〝あらわれる〟を抜き取っちゃうと…〝だ・い・に・は・こ・の〟たったこれだけだよいし…どうするどうする!」
「はい!さらに接続助詞の可能性のある〝に・は・の〟を抜き取ると…〝だ・い・こ〟の三文字だけですけん」
「すっごぉ~い!そうなるとこの文字から抜き出せる言葉は…………〝漕いだ〟…これは変ね…。じゃ、これならどう…〝古代〟…イケそうじゃない?」
「はい。これなら意味がとおりそうな文章になりそうですけん」
「あとは〝に・は・の〟を使って一つの文章にするだけね」それから錫は今まで組み替えた全ての文字を並べた。
〝出雲の本殿〟〝大晦日〟〝現れる〟〝古代〟
「これが文字替えによって選んだ新たな言葉よ」
「いいですね、ご主人様。どの言葉も全然違和感がありませんですけん」
「これを一つにすると…こんなのはどう?」
〝出雲の本殿は古代の大晦日に現れる〟
「はい、文章としてはおかしくないですが、これだとご主人様は古代に行かねばなりませんね…」
「あ~…確かに…。タイムマシーンを作っちゃうか?」
「ご主人様…さすがにそれは…」いしは苦笑いしている。
「もう…いしはマジメだね…。いくら天才錫ちゃんでもそれは無理だぁ~」笑ってそう言いながら、錫はそれほど時間を要さず違う文章に替えた。
〝古代の出雲の本殿は大晦日に現れる〟
「ご主人様、これなら現実的です。文字もピッタリ、意味もバッチリですけん」
「うん!玉の中に浮かんだ絵との相互性も問題ないし、これはイケるかも!」
「はい、そうなると大晦日までの数日を待たねばなりませんね」
「良かったわ…これが年明けなら、一年も待たなくちゃいけないもん…」
錫は浩子に文字替えが解けたことを報告し、大晦日を待ったのだった。