第24章──出雲大社Ⅴ
Ⅵ
納屋の戸を開けた老婆は、胡坐をかいて座っている綿胡の姿を見て驚いた。「生きていたのか?」
「どうにかな…。そんなことよりアレはなんだったんだ…?」綿胡は身震いして老婆に尋ねた。
「お前さん、アレが見えたのか?…しかも死なずにいたとは…」
「おいおい…もしかして死ぬと分かっていて私をここに泊めたのか?」
「人聞きの悪いことを言うでない。泊まらせてくれと頼み込んだのはお前じゃぞ…わしはあれほど反対したのに…」綿胡は返す言葉がなかった。
「…この村には昔からあんなモノが出てくるのか?」
「わしの幼い頃にはいなかった。アレのことが知りたいなら村の長老に聞くといい…長老もアレが見える一人だからな──会ってみるか?」
「あぁ、会ってみる…」
すぐさま老婆の先導で長老の家を訪れた綿胡は、その家のみすぼらしさに驚いた。老婆は遠慮もせず家に上がると、薄暗い部屋の奥で横になっていた長老の耳元で綿胡のことを伝えた。長老は綿胡に興味を示したらしく、〝むっくり〟と起き上がると綿胡に手招きした。
「あんたアレが見えるんか?この村でもアレが見える者は数人だけじゃぞ…」
今から数十年前、村の泉に不気味な穴がぽっかりと現れてから、夜な夜な得体の知れぬモノが村の民たちを襲うようになったという。民たちはいつしか夜の泉から現われる化け物を〝夜泉の国のモノノケ〟と呼んで恐れるようになったと長老は語った。
「ところがじゃ…最初はこの村の民を襲っていたモノノケも、今では違う村の民しか襲わん。たまにあんたのようなよそ者が泊まると、たいてい朝には呪い殺されておる。これには理由がある…わしらはそれを知ったから無事でいられるのじゃ…。それはそうと、あんたはよく生きていられたもんじゃ。襲われたんじゃろ?」げっそりとした綿胡を見て長老が言った。
「襲われました──なので戦いました…」
「どんなヤツだった?…デカかったか?」
「デカいかどうか…初めて見たので比べようがありません。ですが、体つきは変でした。人のようで人でないというか…。胸板がデカく全身は獣の毛で覆われていてクマのようでした。口は裂けオオカミのような牙をむいて笑い、ギラギラとした真っ赤な目で睨まれたら、足がすくんで動けなくなりました…」
「間違いない…夜泉の国のモノノケじゃ。ヤツと話したのか?」
「はい、アレは…こう言いました。〝オマエ、他の人間とちがう…お前の持っているチカラが欲しい。オレ様によこせ…ケケッ〟」綿胡はそう言ってブルブルっと身を震わせた。