第24章──出雲大社Ⅳ
Ⅴ
それから数日後──錫は一松譲二刑事に誘われて歌舞伎の観劇に来ていた。
「いや~…断られるかと思っていたから来てくれて嬉しいよ」一松刑事は右隣に座っている錫に小声で言った。
「父が演劇好きなので私も嫌いじゃないですよ。でも歌舞伎を観るのは初めて」
「そうか…お父さんは演劇好きなのか!」一松刑事は嬉しそうに錫を見た。「ほら、この席は舞台に向かって左側だろ、花道がすぐそこだから騒がしいけど、役者が通ると息づかいまで感じるからワクワクするんだ。静かに観たい客は右側に座ればドタドタという音はマシになる。舞台は向かって右側が上手、左側が下手になるんだ。なので静かに観劇できる右側が上手ということだ。そして役者はだね…」頼みもしないのに一松は舞台や役者の講釈に余念がない。少々鬱陶しく思っていた錫は開演時間が待ち遠しかった。
一松がどうして歌舞伎なんかに誘ったのか──錫には察しがついていた。歌舞伎ファンであるには違いないのだろうが、それはあくまで口実だ。案の定、観劇の後、洒落たレストランを予約していた一松はコース料理を楽しみながら、その本当の目的を口にした。
「ずっと我慢してたんだ…いつまでも焦らさないで、もうそろそろ教えてくれないか?」錫はこれが違う内容ならばと思った。
──「今のセリフがプロポーズだったらなぁ…。こんなステキなお店で大好きな彼に結婚しようって言われたら……きゃっ!」錫はニヤニヤしながら想像を膨らませていた。
「香神さん大丈夫?」一松の声に錫は我に返った。
「だ、大丈夫大丈夫…えへへへ」
──「まぁ……この人とは絶対あり得ないわ…」
「ずいぶん考えてもみたけど、やっぱり分からなかった。ちなみにあの二人はすべて自供したよ。君たちのおかげだ──ちゃんと事件は片付いた。もういいだろう…あの時のカラクリを教えてくれても…?」
〇
あの日──広井善男と松本弘志の逮捕劇に協力して警察署を後にした錫と大鳥舞子と大鳥葉子の三人は、舞子宅で飲み明かした。
「犯人の二人ったら狐に摘ままれたような顔をしていたわね」錫はそう言ってレモンサワーを喉の奥に流し込んだ。
「私の目は絶対に見えてないと信じていたんだから、驚くのも無理はないけどね…」舞子もレモンサワーを飲みながらそう言った。
「私もその場に居たかったわ」葉子は残念そうに呟いた。
「一松刑事は終始不安だったみたいよ…。必死で隠していたようだけど、ずっと落ち着きがなかったもん」
「そうだったわね。目の見えない私が指定された物を言い当てるたびに、ホッとして体中の力が抜けてたわ…かははは」
「そうそう、顔色が青くなったり赤くなったり、信号機みたいだった。そのうち一松刑事は連絡してくるはずよ…その時はどうする?」
「まっ、唯一の協力者だから、タネ明かししてもいいよ。他言無用で!」
「了解!きっと今も舞子さんの目はどうなっているのかと、悩み続けているはずだから…ふふふっ…」
〇
──「やっぱりずっと悩んでいたんだ…この刑事さんは…ふふっ」
「まず言っておきますけど、舞子さんの白い杖はカモフラージュじゃないわ──つまり本当に見えないってこと!」
「そうなのか…じゃ、やっぱりあれだ──本当に耳に無線を忍ばせていたんだな?」
「そんなことして犯人に見つかったら終わりじゃない」
「スパイが使うような、最新型のやつとか?」
「か弱い乙女にそんなのムリ…」
「それならどうやって指定した物を言い当てたんだい?」
「うふふ…。刑事さん、これから私が話すことはぜ~んぶ本当のことだからね…」