第23章──霊能力Ⅱ
Ⅱ
妖蛇オロチを退治した布羅保志之綿胡は、村に別れを告げて東へと旅していた。
旅の目的はこの国の最果てを確かめること──けれど今、綿胡の心には、それとは違う思いがあった。
──「ただこうして旅を続けるだけの一世で良いのだろうか?」
綿胡にとって旅は人生そのものだった。だが、霊神から命を授けられ、名剣〈日・月・光〉の力を得た今、旅が自己を満足させるだけの空虚なものに思えてならなくなっていたのだ。オロチ退治は誰にでもできることではない。そのオロチを退治したからこそ村は救われた。もちろん綿胡はそれを自分の手柄などと微塵も思っていない──だからこそ悩んでいたのだった。
──「今まで幾つもの村を訪ねてきた。手先の器用な人間は人を唸らせるほどの工芸品を作りあげ、植物に詳しいものは、様々な薬草を作り出して民の病を助けていた。みな自分の持つ能力を民のために使っていた。──ならば私は何だ?…せっかく授かった力を役立てることもせず、ただ己の満足のために旅を続けている私は…」
ふと気づくと、綿胡は小さな村に辿り着いていた。
──「野宿せずにすみそうだ…」ホッとした綿胡は、畑仕事をしていた老婆に声をかけ、旅人であることを話した。気の良さそうな老婆はニコニコと綿胡を迎えたが、一晩だけ世話になりたいと頼んだ途端、顔が険しくなり、けんもほろろに断られた。
「納屋でもどこでもいいんです」押して願ったが答えは同じだった。
「この村じゃ、どこの家に頼んでも泊めてはくれん…。悪いが早う出ていきなされ」
「けれどもうすぐ日も暮れます。何とかお願いします」綿胡はしつこく頼み込んだ。
「…分かった、それほど言うなら離れへ泊るがええ。そのかわり何が起こっても知らんぞ…」
──「……どういう意味だ?屋根でも落ちてくるほどボロい離れなのだろうか…」それでも野宿よりマシだと綿胡は思った。
「そんじゃまぁ…ここで寝なせい。後でにぎり飯持って来てやるでな」老婆は綿胡を離れへ案内すると、いったん母屋へと戻って行った。
「まいったな……本当に納屋じゃないか…」綿胡は呟きながら、藁を束ねて寝床を整えた。「まぁ、飯も食わしてもらえるし、文句は言うまい…」
暫くすると老婆はにぎり飯と山菜の煮物を持って来てくれた。「粗飯じゃが、これでも食べて旅の疲れを取りなされ…。んじゃ、わしは寝るでな…ひっひっひ」意味深な笑いを残して老婆は納屋の戸をピシャリと閉めた。綿胡は変わった老婆だと思いながらも、炊きたての飯の匂いにそそられて勝手に手が伸びていた。
「ウマい!炊きたてのにぎり飯はごちそうだ」綿胡は空っぽの胃袋に大きなにぎり飯を飲み物のように流し込んだ。たちまちペロリと平らげた綿胡は平手で腹を叩いて満足した。
「さて…あとは寝るだけだ…」腹を満たした綿胡は、旅の疲れと相まって、いつの間にか深い眠りに落ちていった。
翌朝────綿胡の様子を伺いに来た老婆は、建て付けの悪い納屋の戸を〝ガタビシャ〟と開けた。
綿胡が胡坐をかいて“ぼー”っとしている姿を見て老婆は驚いた。「お、お前さん……生きておったのか!?」
Ⅲ
大鳥舞子とのサスペンスに時間を取られ、文字替えが疎かになっていた錫は少しばかり焦っていた。
【大門の赤鬼は祠泉飲んで襲われる】
「千木の付いた社の中に、どう見ても大国主命らしき人物が描かれた絵。その社の背後には山があり、山の左側から太陽が沈みかけている…。もう一つオマケに山にかかってる雲が、社の前にはみ出す形で描かれている…」
「山と大国主命から連想して、三輪山にある大神神社の”お・お・み・わ“の四文字を抜き取ったところまでは何とか辿り着きましたですけん」
「全部謎だらけだけど、一番奇妙で不自然なのは、山にかかった雲が、社の前にはみ出して描かれていることよね…。手が滑ってはみ出しちゃったとか…」
「ご主人様…さすがにそれは…。やはり一つ一つの絵に意味があると考えた方が…」
「だよね…。もう限界…これ以上考えたら頭から煙が出るわ…。もうすぐ浩子が来るからそれまで錫ちゃんは休憩…」錫はそう言うとベッドでゴロンと横になった。「ところでさぁ…あれから一松さん何にも言ってこないね…。私の予想だと、そろそろなんだけどなぁ…ふふっ」そんなことを考えてるいると、間もなくして浩子がやって来た。
「われらが救世主・浩子様…どうぞお助けあれ!」
「またぁ…スンったら、そんなことばっかり言って…。遅くなったけど──はい、旅行のスナップ写真。ちゃんとアルバムに入れてあげたわよ。謎解きの気分転換に思い出を楽しんでね!」
「サンキュー!いいタイミングだねぇ~、やっぱり浩子は違うわぁ~」錫はベッドに寝ころんだまま、文字替え作業をそっちのけでアルバムを捲り始めた。
「何が違うのかよく分からないけど…まぁ喜んでくれて嬉しいわ…うふふっ」
「…あ~これこれ。八重垣神社のご縁占い…。見て…信枝の真剣なこの顔…くふふ。あ~…これもさぁ…」錫のおしゃべりは止まらない。「考えたらさぁ、奈良の旅行では、浩子が撮った写真で向こうの世界があることを確信したのよね…。今度もこの写真から何かヒントをつかめないかなぁ…?」
「気持ちは分かるけど…そう都合よくはいかないと思うわよ…」
「ん~っ…これなんかよく撮れてるじゃない…出雲の神殿。…………?────ねぇ、浩子、いし………今更だけどさぁ、私たち出雲に旅行に行ったんだよね?」
「な~に?…スンはまた意味不明なことを…」
「ご、ご主人様…」いしも錫を心配そうに覗き込んでいる。
「あのね…………錫ちゃんチョットだけ分かったかも…」錫の目が輝いた。