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第22章──追い込みⅢ

 Ⅲ


「まだなのか?…オロチ復活するまでに、いったいどれだけの霊気が必要なのだ?」蚣妖魎蛇(しょうようりょうじゃ)は当たりかげんで辰夜代(たつやしろ)に尋ねた。

「こいつに限っては想像もつきません。これほど()()亡者(もうじゃ)(たましい)を与えても、まだ復活しないとは……相当恐ろしいモノノケのようです」

「それだけに楽しみだ。オロチが復活したら、一番に白の国を征服(せいふく)して……そして──私が神となるのだ。そうなれば、辰夜代…お前にも高い地位を与えてやる」辰夜代は嬉しそうにお辞儀(じぎ)をした。

「いらぬことかもしれませんが、オロチの復活には堕羅の亡者より(はる)かに強い霊気が必要な気がいたします」

「……強い霊気?」 

「はい…量より質──例えば蚣妖魎蛇様のような強い霊気を与えてやれば…あるいは復活するかと…」黒い霧の渦巻く大きな穴を覗き込みながら辰夜代が言った。穴の奥から真っ赤な鬼灯(ほおずき)のような目が、(いく)つもこちらを(にら)んでいる。

「私がオロチのエサになれというのか…?」

「そ、そうではありませんが、オロチの復活にはそれくらい強い霊気が必要かと…」

「…ふむっ、オロチがそれを望むのならば与えてやってもいい……ぐふふっ」蚣妖魎蛇は不敵(ふてき)に笑った。




 Ⅳ


 ()は西の山へと沈みかけていた──。種女(くさのめ)葉女(はのめ)は地面に突き刺さった太い木の(くい)に、それぞれ張り付けられた。

「私…今度生まれて来る時も、またお姉様の妹でありたい…」

「私もよ。葉女とは死んでもずっと姉妹でいたいわ」

 双子の姉妹は同じ願いを神に祈りつつ、最後の瞬間(とき)を迎えようとしていた。


「いよいよ陽が(しず)む。(たみ)たちよ──神の使いであるこの矢馬女(やまめ)冒涜(ぼうとく)した罪がどれほど重いか、よく見ておくがよい」矢馬女が片手を上げて合図(あいず)をすると、二人の肥女(こえのめ)が種女と葉女の足下(あしもと)(まき)に油をかけた。

「くふふ…これで(ほのお)は一気に燃え上がる」松明(たいまつ)を持った御矢馬(みやま)(づか)えが二人、種女と葉女の足下(あしもと)に立っている。

「さて、陽が山へ掛かったようだ──火をつけろ!」矢馬女のそのひと声に民たちがざわついた──。矢馬女は(ぎゃく)にそんな民たちの反応を楽しんでいるように見えた。

「ごめんね葉女…私のせいであなたにまでこんな罪が…」。「謝らないでください…葉女はずっとお姉様と一緒で幸せなんですから」

 まもなく松明が(まき)に投げ込まれる──たっぷりと油を吸った薪は、たちまち種女と葉女を炎に包むだろう。だが二人はそんなことを恐れてはいなかった。生まれた日も死する日も、そして今共に祈っていることも同じである喜びを胸にして、天に命を(ささ)げる覚悟でいたからだ。

「お姉様…ありがとう!」大きく葉女が叫んだ──。目の見えない種女には、それが何を意味するのか分かっていた。松明の火がとうとう(まき)に投げ込まれたのだ。

「ありがとう葉女…。お父様…もうすぐ私たちはそちらに行きます…」種女も叫んだ──。そして、身が()がされるのを待った。

 だが、一向(いっこう)に炎が上がってこない──。

「葉女……熱くないけど…もう私……死んだ?」種女はポツリと尋ねた。

「いいえお姉様、薪に火が移らないのです…」どういうことなのか考える間もなく、矢馬女がしびれを切らした。

「何をしておる!どうして燃えぬ………里女、里女は居らぬか!?」

「ここに居ります…」

「どういうことなのだ?すぐに見て参れ!」命令どおり里女は急いで薪を調べた。 

「矢馬女様……水です…。油ではなく水を薪にかけています…」

「なっ…水だと…?誰がそのような…」

「どうなさいますか?今から薪を()えれば陽が沈んでしまいます。かと言ってこのままでは薪は燃えません…」里女は矢馬女の判断を(あお)いだ。

「むぅぅ……こうなれば(わらわ)が直接二人の首を()ねてやる!急いで剣を用意せよ!」里女の一言に、またしても民たちから二人を(あわ)れむ()()()()が起こった。そんな民たちの反応などまったく気にせず、御矢馬仕えの用意した剣を手にすると、矢馬女は種女と葉女の正面に立った。

「さて…どっちの首から切り落としてくれよう…」火あぶりに失敗した矢馬女は、苦々(にがにが)しい顔つきで言い放った。

「お待ちください矢馬女様!その役は私にお任せくださいませ」買って出たのは里女だった。

「矢馬女様は神の使いでございましょう。ならばその尊い手を血で汚してはなりません」

「よくぞ申した!ではそなたに任せる。見事この二人の首を()ねるがよい」矢馬女が差し出した(つるぎ)を、両手で捧げ持った里女は、右手で()をしっかり握り直し、静かに種女の真後ろに回ると耳元で(ささや)いた。

「何か言い残すことはあるか?」

「…はい。里女様にお礼を申しておりません…。一時はあなた様を恨みかけましたが、理由はどうあれ田祢壬の嫌がらせから幾度も救ってくれたのは事実です。私はその度に助けられました……そのお礼を申さねばなりません。里女様、ありがとうございました」民たちはその一部始終を黙って見届けた。

「言うことはそれだけか?」

「はい…もう思い残すことはありません」(おだ)やかに種女が答えると、里女は顔色一つ変えずにゆっくりと銅の剣を振り上げた。

「覚悟しろ…この剣が振り下ろされた時、お前には別の世が待っているだろう」

 大きな声で叫んだと同時に、里女の握っていた剣は種女目がけて振り下ろされた。


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