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第22章──追い込みⅠ

 追い込み




 Ⅰ


 刻一刻(こくいっこく)────種女(くさのめ)葉女(はのめ)処刑(しょけい)時間(とき)(せま)っていた。今日の日没(にちぼつ)と同時に二人は火あぶりの刑に(しょ)せられるのだ。種女に恐怖心は無かった。ただ()やまれてならないのは、自分のせいで妹の葉女まで巻き込んでしまったことだ。

 二人は残された五日間を同じ牢獄で過ごした。今は亡き父、箕耶鎚(みやつち)と三人で手を取り合って生きてきた想い出を語り、一緒に生まれ一緒に死んでゆける一心同体(いっしんどうたい)の双子であったことを心から喜んだ。

 そして最後に種女は、自分たちが箕耶鎚の子供ではないことを葉女に告げた。

「そうでしたか…。お父様は言うに言えない秘密を(かか)えてずっと苦しんでおられたのでしょうね…」

「私も同じことを思いました。このことは墓場(はかば)まで持っていこうかと思っていたのですが…。結局黙っていられなかった。葉女に隠しごとはしたくありませんでしたから…」

「こんな大事な話……もし隠したままにしていたら、あの世からお姉様とケンカするところでした」葉女は冗談まじりに笑ってそう言った。それからすぐに(くちびる)を〝きりっ〟と一文字(いちもんじ)に結ぶと()馬女(まめ)のことを口に出した。 

「あのお方はどうしても、地のお怒りをオロチの仕業(しわざ)にしたかったのですね?」

「矢馬女様にとって一番大事なものは、自らが〝神〟であるという威厳(いげん)(たも)つこと…。そのため、地のお怒りがオロチの仕業だと一度でも口にした限りは、間違いを認めるわけにはいかなかったのでしょう…」

「けれど…けれどそのためにお父様を人柱にするとは…。矢馬女様に(いきどお)りを感じてしまいます。それに浦祇乃里女(ほぎのさとめ)様にも…」

「ならぬ葉女…………人を(うら)んではならぬ。人を恨めば(みずか)らの心が痛み、わが心が助からぬだけです。まして私たちは間もなく死んでゆく身……(きよ)らかな心でお父様のところに参りましょう…」

「は、はい…お姉様」葉女は種女に(きび)しく(さと)され、静かに息を吸って気持ちを(ととの)えてから話を切り替えた。


「…ところでお姉様、オロチは本当に実在したのですか?」

(くわ)しくは知りませんが、この地方の伝説(でんせつ)のモノノケなのは確かです」種女は父から聞いていたオロチの話を葉女に語ってやった。「…今より昔、この地方で悪さをしていたオロチを一人の旅人が退治したと伝えられています。旅人は、どこからともなく現れ、見事にオロチを退治すると、また風のように去っていったそうです。〝邪悪(じゃあく)(あらわ)れしとき(たび)(びと)()たれば、勇者(ゆうしゃ)となりて(たみ)(すく)わん〟…この地方にあった言い伝えのとおり、旅人は勇者となったのです────ただ…」

「ただ……何ですか?」

「ただ…その言い伝えは、旅人がオロチ退治をした後に出来たとも…」

「えっ!?意味がよく分からないですが…」

「私もよく分からないのです…。どういう意味なのかは……ただ、そう聞かされているだけで…」

「まぁ…伝説などはいい加減(かげん)なものでしょうから…後から取って付けたのかもしれませんね」

「そうですね。〝オロチは実在したのか?〟と問われれば、その時代に生きたわけではありませんから分かりません。ハッキリしていることは、()馬女(まめ)様は民たちに地のお怒りをオロチの仕業(しわざ)だと信じさせ、辻褄(つじつま)を合わせるためにお父様の命まで亡き者にしたということです…。けれど恨んではなりません。考えてみれば矢馬女様も気の毒なお方……そうでもしなければ自分の立場を守れないのです…。この先もずっと何かに(おび)えながら生きてゆかねばならないのですから…」

「お姉様……矢馬女様にここまでされていながら、まだ思いやるとは…」相手がいかに鬼のような心であろうと、それさえも許す心を秘めた姉に葉女は驚いた。そして、もしも誰かを神と(あお)ぐなら、それは間違いなく矢馬女ではなく種女だと(さと)った。

 けれど、今更(いまさら)それも空虚(くうきょ)な思いだ──。()はどんどんと西の山に近づいていくのだった。


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