第21章──騙すⅡ
Ⅱ
「お告げは祟り神の仕業ではなく、水が災いしているのだと種女は言ったのだな?」
「そのとおりです。確かにこの女は私にそう言いました。くふふ…」その声は浦祇乃里女に違いなかった。へたり込んでいる種女に矢馬女は言った。
「お前はつくづくめでたい女だ。里女が私の忠実な側近だということは知っていよう?」種女は返す言葉もなく、黙って奥歯を噛みしめていた。心から信頼し、信じ切っていただけにやるせなかった。
「いえいえ矢馬女様、それだけこの里女の芝居が上手かったのでございます」
「そのようだなぁ…見てみろ、種女の顔を。好意を寄せていた人間に裏切られると、これほどまでマヌケな顔になるらしい…くぁはっはっは」
これほど自分の体を重たいと感じたことはなかった。ぐったりとうなだれていた種女は、それでも辛うじて頭を上げて里女に問うた。
「里女様…いつからですか?………いつから私を欺いていたのでございますか?」
「いつから?…ふっ…ふふっ……ふはぁ~はっはっは………お前はとことんお人好しだな。そんなもの最初からに決まっているだろう」
「そ、そんな……あれほど私に優しく接してくださっていたのに…」
「私は矢馬女様に仕える者だ。矢馬女様を騙そうとするお前を本気で心配すると思ったのか?……くふふっ…」
里女は意地悪げに口元をゆがめて笑った。
○
最初は縫い針の一件だった。着物に針が残っていることに腹を立てた矢馬女は、即刻種女の首を刎ねようとした。だが、それに待ったをかけたのが里女だった。里女は田祢壬が縫い針を忍ばせた張本人であることを目撃していた。種女を快く思っていない田祢壬は、これだけに止まらずこの先も必ず何か仕掛けてくるはずだ──と踏んだ里女は、矢馬女にこう耳打ちした。
「ここは種女を許すことで、矢馬女様の寛大さを民に知らしめましょう。同時にこれからは、私が田祢壬を見張り、悪さをすれば種女を助けます」
「種女を助ける…?」
「誤解なさらないでください。種女は情に深い女です。奴が私に心を開けば、じきに真実を打ち明けることでしょう…くふふっ…」
「なるほど…田祢壬を上手く利用して種女の信用を得るのだな。お前はやはり頼りになる女だ…くっくっく…」
里女の睨んだとおり、それからも田祢壬は次々と種女に嫌がらせを仕掛けた。しかしその度に里女は種女を助け、目論みどおり種女から絶対的な信用を得たのだった。
〇
「分かったか種女よ。田祢壬の悪事を未然に防いでやったのは、お前の信用を得てその面を剥がすため──お前は見事にその策にハマったのだ」
「す、すべてでございますか?幾度も危ういところを助けてくださったのは、すべて私を陥れるためだったのですか?」
「陥れる?人聞きの悪い……矢馬女様や民たちを偽っていたのはどっちだ?私は真実を暴き矢馬女様に報告したまでのことだ」
「では、あの大地震の時のこともでございますか?」
「くふふ…あの時は都合が良かった。お前が私に地震が起こることを伝えている時、田祢壬がこそこそ我々を嗅ぎまわっていただろう?おかげで私が矢馬女様に地震のお告げの源がお前だと報告しても、お前は田祢壬の告げ口だと勝手に勘違いしてくれた…」種女は里女の話を聞きながら、情けなくて涙が止まらなかった。
──「筒抜けだったんだ…」確かに、地震のお告げの出所が矢馬女に知られた時、田祢壬の仕業だと真っ先に思った。里女が報告していたとは微塵も考えなかった。そこまで里女を信用していただけに、種女の心は〝ずたずた〟に傷ついていた。
「皆の者よく聞け──種女は神の使いであるこの矢馬女を欺いた。いいや此奴だけではない…此奴の父・箕耶鎚も同様に私を欺いておったのだ。私はそうと知りながらも箕耶鎚に人柱という名誉を与えてやったのに…。その寛大さが通じんらしい」
──「人柱という名誉を与えた…?違う──矢馬女様は腹癒せにお父様を殺したのよ…。人柱なんて聞こえは良いけど、結局は死罪にするための口実…」怒りが収まらなかった。矢馬女にでも里女にでもない──種女は自分自身に憤りを感じていた。父・箕耶鎚が命を犠牲にしてまで守ってくれた秘密を、自分の脇の甘さで暴かれてしまったことにだ。
「寛大な私もこれ以上は見過ごせん。五日後の夕刻──種女を火あぶりの刑に処す。また双子の妹である葉女も同じく火あぶりに処す」雷を落とされたような衝撃だった。種女は思わず知らず強い口調で矢馬女に頼み縋っていた。
「どうしてでございますか!?妹は何も関係ございません。私と同罪などと…そんな…。一生肥女のままこき使ってくれてかまいません。どうか妹の…葉女の命だけはお助けください…どうか…どうか…」見えぬ目から涙をこぼしながら必死に訴えた。
「うるさい!…汚らわしい女め……どけ!」矢馬女は助けを乞う種女を足で蹴飛ばし、屋敷の中へと消えていった。