表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/104

第20章──退治Ⅲ

 Ⅳ


 大雨に見舞(みま)われた綿胡(わたこ)は、視界(しかい)(うば)われながらも、オロチの背後(はいご)に回り込み、尻尾(しっぽ)をつたって背中に乗った。

「山みたいにでっかい背中だ…」そう(つぶや)いて足下(あしもと)の回りを見渡した綿胡は(みょう)なことに気づいた。

 ──「ん…雨水が…」オロチの巨大な背中は(ゆる)やかに盛り上がっていた。にも(かか)わらず一カ所だけ雨水が集まってくる部分がある。背中の一番高い場所からやや首に近い位置だ。

 ──「(へこ)んでいるんだ…()()()だけ…」綿胡は以前霊神から聞いていたオロチ誕生の話を思い出した。

「オロチはな……強い霊力を持った八匹の大蛇が互いに戦いあって誕生した妖蛇(ようじゃ)なんだ」

 ──「あの凹み…………八匹の大蛇の気が一点に集まっている場所かもしれない…。すると(みぎ)(もり)の言っていたオロチの弱点というのは…もしや…」綿胡は今一度(いまいちど)(ひたい)のチャクラをしっかりと開いて、持っていた(つるぎ)に自分の霊気を与えてやった。その殺気(さっき)にも近い霊気に気づいたのか──オロチは慌ててゴムのように伸びる尻尾を綿胡目がけて叩きつけてきた。

「おっと………奴め、(あせ)っているようだな」綿胡が凹みに近づくにつれて、オロチの振り回す尻尾の本数は増えていった。

 ──「一発でも食らったらどこかへ吹っ飛ばされるな…」八本の尻尾が休む間もなく(うな)りを上げて綿胡を襲う。それでも綿胡は一発も食らわなかった。体を(かが)め、()らせ、跳び、そして剣で(はじ)(かえ)しながらじりじりと目的の場所へと歩み寄った。

 ──「以前の私ならとても(かわ)せない……自分でも不思議なくらい身軽だ…」そのうちオロチの尻尾の動きにも慣れてきた綿胡は、どうにか雨水の溜まった凹んだ場所まで辿り着くことができた。とは言っても、そこに剣を突き立てる隙をオロチは与えてくれない。

 ──「…くそっ…これじゃ、きりがない。一瞬でも奴が動きを止めてくれたら…」そう思った矢先、どこからか声が聞こえてきた。

「オロチよ……あなたの目的は私でしょ?さぁ、この命…どうにでもなさい」

「………ヤマコク?」突然現れた美しいヤマコクに、オロチの動きがピタリと止まった。

「綿胡様、今です!」(おとり)になったヤマコクの言葉に(みちび)かれて、綿胡は霊気をいっぱいに蓄えた剣を両手で逆手(さかて)に持ちかえ高く振り上げた。根元から三本に別れた剣は、それぞれが独自(どくじ)の色を放って主張(しゅちょう)しているようだっが、一方で三本が共に力を合わせているようにも思えた。

「たのむ………刺さってくれ!」雨水の溜まった(くぼ)み目がけて綿胡は渾身(こんしん)の力で剣を振り下ろした──。

 霊気をたっぷりと蓄えた剣〈(じつ)(げつ)(こう)〉は、まるで沼地にでも突き刺したような感覚で、いとも容易(たやす)く根元まで沈んでいった────急所(きゅうしょ)だった。オロチは互いに長い首を(から)ませながら、モノノケ特有(とくゆう)の気味の悪い(あえ)ぎ声を発した。のたうち回っているオロチの背中から〝ひょい〟と飛び降りた綿胡の残務(ざんむ)は、オロチが力尽きていく(さま)を黙って見届けることだけだ。

「お見事でした綿胡様」ヤマコクは静かに綿胡の隣に立つと、同じようにオロチの最後を見届けた。

 オロチは死ぬことはない──ただ静かに倒れこんだ。

 綿胡はオロチの霊体を剣で吸い取って収めたのだった。


 ○


 心地(ここち)よい鳥のさえずりと、新鮮(しんせん)朝日(あさひ)(さそ)われて綿胡は目を覚ました──。

「うぅ~ん……朝かぁ…」腕を伸ばしてゆっくりと体を起こした──部屋には綿胡一人だ。

 昨夜はヤマコクと、右守(みぎかみ)(そえ)乃木(のぎ)の両親も一緒に、オロチ退治に祝杯(しゅくはい)()げながら(うま)い酒を飲んだところまでは覚えている。体に残った酒を落そうと顔を洗いに外に出てみると、やっと他の村人たちに会うことができた。

「旅のお方…か?こんな所に何しに?」

「何しにって…?旅人なのですから旅をしに…です。ついでにオロチ退治もしましたが……はははっ…」

「ほっ…本当にオロチ退治を…!?…今回村が荒らされていないのはそのためか…」

「それはそうと、ヤマコクはどこです?」 

「ヤマコク………?」

「そうです、ヤマコクです…今回の()(にえ)の…。それに右守と添乃木の姿も見えない…」

「えっ!?…誰が生け贄だって!?…右守?添乃木?」その場を(かこ)っていた村の(たみ)たちは、怪訝(けげん)そうに顔を見合わせた。

「旅のお方……あんた本当に、そのヤマコクや右守、添乃木に会ったのか?」

「いやぁ~…会ったどころか、オロチ退治に力を貸してくれました」綿胡がそう言うと、村の民たちは驚きの形相(ぎょうそう)を見せた。

「な、何かおかしなことを言いましたか?」

「あまりにも()()()()話だ……その親子はな………………人間じゃないぞ…」

 綿胡は(きつね)にでもつままれたように、ポカンと口を開けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ