第20章──退治Ⅲ
Ⅳ
大雨に見舞われた綿胡は、視界を奪われながらも、オロチの背後に回り込み、尻尾をつたって背中に乗った。
「山みたいにでっかい背中だ…」そう呟いて足下の回りを見渡した綿胡は妙なことに気づいた。
──「ん…雨水が…」オロチの巨大な背中は緩やかに盛り上がっていた。にも拘わらず一カ所だけ雨水が集まってくる部分がある。背中の一番高い場所からやや首に近い位置だ。
──「凹んでいるんだ…あそこだけ…」綿胡は以前霊神から聞いていたオロチ誕生の話を思い出した。
「オロチはな……強い霊力を持った八匹の大蛇が互いに戦いあって誕生した妖蛇なんだ」
──「あの凹み…………八匹の大蛇の気が一点に集まっている場所かもしれない…。すると右守の言っていたオロチの弱点というのは…もしや…」綿胡は今一度額のチャクラをしっかりと開いて、持っていた剣に自分の霊気を与えてやった。その殺気にも近い霊気に気づいたのか──オロチは慌ててゴムのように伸びる尻尾を綿胡目がけて叩きつけてきた。
「おっと………奴め、焦っているようだな」綿胡が凹みに近づくにつれて、オロチの振り回す尻尾の本数は増えていった。
──「一発でも食らったらどこかへ吹っ飛ばされるな…」八本の尻尾が休む間もなく唸りを上げて綿胡を襲う。それでも綿胡は一発も食らわなかった。体を屈め、反らせ、跳び、そして剣で弾き返しながらじりじりと目的の場所へと歩み寄った。
──「以前の私ならとても躱せない……自分でも不思議なくらい身軽だ…」そのうちオロチの尻尾の動きにも慣れてきた綿胡は、どうにか雨水の溜まった凹んだ場所まで辿り着くことができた。とは言っても、そこに剣を突き立てる隙をオロチは与えてくれない。
──「…くそっ…これじゃ、きりがない。一瞬でも奴が動きを止めてくれたら…」そう思った矢先、どこからか声が聞こえてきた。
「オロチよ……あなたの目的は私でしょ?さぁ、この命…どうにでもなさい」
「………ヤマコク?」突然現れた美しいヤマコクに、オロチの動きがピタリと止まった。
「綿胡様、今です!」囮になったヤマコクの言葉に導かれて、綿胡は霊気をいっぱいに蓄えた剣を両手で逆手に持ちかえ高く振り上げた。根元から三本に別れた剣は、それぞれが独自の色を放って主張しているようだっが、一方で三本が共に力を合わせているようにも思えた。
「たのむ………刺さってくれ!」雨水の溜まった窪み目がけて綿胡は渾身の力で剣を振り下ろした──。
霊気をたっぷりと蓄えた剣〈日・月・光〉は、まるで沼地にでも突き刺したような感覚で、いとも容易く根元まで沈んでいった────急所だった。オロチは互いに長い首を絡ませながら、モノノケ特有の気味の悪い喘ぎ声を発した。のたうち回っているオロチの背中から〝ひょい〟と飛び降りた綿胡の残務は、オロチが力尽きていく様を黙って見届けることだけだ。
「お見事でした綿胡様」ヤマコクは静かに綿胡の隣に立つと、同じようにオロチの最後を見届けた。
オロチは死ぬことはない──ただ静かに倒れこんだ。
綿胡はオロチの霊体を剣で吸い取って収めたのだった。
○
心地よい鳥のさえずりと、新鮮な朝日に誘われて綿胡は目を覚ました──。
「うぅ~ん……朝かぁ…」腕を伸ばしてゆっくりと体を起こした──部屋には綿胡一人だ。
昨夜はヤマコクと、右守・添乃木の両親も一緒に、オロチ退治に祝杯を挙げながら旨い酒を飲んだところまでは覚えている。体に残った酒を落そうと顔を洗いに外に出てみると、やっと他の村人たちに会うことができた。
「旅のお方…か?こんな所に何しに?」
「何しにって…?旅人なのですから旅をしに…です。ついでにオロチ退治もしましたが……はははっ…」
「ほっ…本当にオロチ退治を…!?…今回村が荒らされていないのはそのためか…」
「それはそうと、ヤマコクはどこです?」
「ヤマコク………?」
「そうです、ヤマコクです…今回の生け贄の…。それに右守と添乃木の姿も見えない…」
「えっ!?…誰が生け贄だって!?…右守?添乃木?」その場を囲っていた村の民たちは、怪訝そうに顔を見合わせた。
「旅のお方……あんた本当に、そのヤマコクや右守、添乃木に会ったのか?」
「いやぁ~…会ったどころか、オロチ退治に力を貸してくれました」綿胡がそう言うと、村の民たちは驚きの形相を見せた。
「な、何かおかしなことを言いましたか?」
「あまりにもたまげた話だ……その親子はな………………人間じゃないぞ…」
綿胡は狐にでもつままれたように、ポカンと口を開けていた。