第20章──退治Ⅱ
Ⅲ
「これから祟り神を退治する方法を伝えます。まずみんなの使っている道具と衣服を熱湯で煮てください。それから食べ物はすべて火を通してから食べること。家族でも同じ器を使わないこと。そして、もし下痢と嘔吐が始まり自分が祟り神に憑かれたかもしれないと思ったら、迷わずに家を出て、用意した離れ小屋に行くこと。最後に一番大事なこと──それは……祟り神に近寄らないことです」
「けれども祟り神は、勝手にわしらに取り憑くんだろう?」民たちを集めて話して聞かせる種女に誰かが問うた。
「いいえ、この祟り神はどこにも動きません。みなさんが一番よく使っている〝田千の井戸〟にずっと居座っています。なのであの井戸には近づかないことです。水は少し遠くても山の水を汲んで使ってください。飲み水はもちろん、畑の水も絶対に田千の井戸から汲んではダメです。あそこの井戸に近寄ると…祟り神に憑かれてしまいますから…」種女は浦祇乃里女から教えられたとおり、流行病を祟り神の仕業だということにした。もっともこの時代、流行病はすべて祟り神という概念しかなかったので、種女から病の元が実は水だったと知らされた里女も最初は理解に苦しんだほどだった。
この世に祟り神ではなく、ただの水が病を引き起こすことがあるのだと漸く理解した里女だったが、矢馬女が流行病を祟り神だと言い張っている限り、それを覆すことは絶対にできない。そこで里女は種女に、流行病が井戸に取り憑いた祟り神の仕業だと偽らせ、誰もそこに近づかせないようにさせた。そしてお告げで知らされたその対処方法も民たちに伝えるよう助言したのだった。
斯くして猛威を振るっていた流行病は沈静化した────ところが、早くも新たな危機が種女を襲った。
「こやつを縄で縛って連れていけ!」ある日の早朝──理由も聞かされぬまま、いきなり種女は捕らえられ、矢馬女のもとに引き出された。
「種女…私がお前をここへ呼んだ理由が分かるか?」正直、種女には思い当たる理由が一つだけあるにはある──流行病を祟り神の仕業だと偽ったことだ。
──「まさか……あのことがバレてしまったの…」だがそれはあり得ないことだとすぐに打ち消した。
「顔色が良くないな種女……不安か?くふふ…教えてやろうか?そうだ…今お前が考えているとおりのことだ。私のお告げを偽りと申して〝祟り神の仕業ではない〟と言い切ったらしいな?」種女の顔色はますます青ざめた。
──「誰?…いったい誰が…?このことを知っているのは里女様だけ……だけどあの方のはずはない…だとしたら…。…もしかすると田祢壬様が…?また田祢壬様が…?」どう考えてもそれしか考えられなかった。
──「田祢壬様がまた私を陥れようとして〝私が祟り神の仕業ではないと言っている〟と嘘の告げ口をした…。だけど、たまたまそれが本当のことだった…」それが種女の考えられる答えだった。ところが、そんな種女の心の中を見透かしたように、矢馬女の口から驚くような一言が飛び出したのだった。
「一つ教えておいてやろう。お前の身の回りをうろちょろしていた田祢壬だが……あの女は流行病に罹ってとっくに死んでいる…くっくっく…」田祢壬が既に亡くなっていると聞いて、種女の背筋に寒気が走った。
──「では、いったい誰なの?誰がこのことを…?まさか……本当に里女様が……いいえ、あり得ない…どう考えてもそれだけはあり得ない…」落ち着かない種女を見て楽しむかのように、矢馬女は笑いながら隣の部屋の誰かに話しかけた。
「間違いないな?確かに種女は、今回の流行病は祟り神の仕業ではないと申したのだな?」
「えぇ、もちろんです矢馬女様。この女は確かにそう言いましたとも……くふふっ」
その声を聞いた途端、種女は全身の力が抜けて、その場にへたり込んでしまった。