第19章──剣Ⅳ
Ⅳ
──「今度こそ私は死んだのか…?」
「あぁ…お前は死んだ」
──「姿が見えないが誰が話しかけている?今度こそ死神か…?」
「ふふっ、死神などではない。私はお前が持っている剣だ。まぁそれはよいとして…問題なのは、己の真の力を使うことなく死んだことだ…」
──「どういうことだ?戦いには慣れていなかったが、私なりに力を尽くしたつもりだが?」
「力を尽くした?……ふんっ、お前は力を尽くしてなんかいない…。霊神もお前の真の力を楽しみにしていたのに……残念だ」
──「真の力…?そう言われても私には分からん…」
「気にならないか?………自分の真の力が…?」
──「そういう言われ方をすれば気になるに決まっている…。お前、私の性格を知っていてわざと言ってるな?」
「ふんっ、さあな…。もしも、お前が望むなら、もう一度だけ機会を与えてやってもいいが?」
──「もう一度?また助けてくれるというのか?」
「そうだ……お前の隠された力を見てみたいからな。その代わり私の言うとおりにしろ。そうでないと助からない」
──「…何をすれば?」
「自分の霊力を最大限に引き出せ──それだけだ!お前も自分で気づいているはずだ…その額にある目のことを…」
──「知っているのか!?私の目のことを…」
「ふふっ、よいか──大いなる天と地の力を借りて、その額の目をできるだけ大きく開くのだ。だが、それだけでは足らぬ。私と霊神の霊力をすべてお前にくれてやる。それでお前は生き返ることができる。秘められた力と共に…」
──「ずっと謎だったが…………やはり開くのか…こいつは…」額を軽くさすった布羅保志之綿胡は、両手を高々と上げると、両目を閉じて生命の源である天と地に祈りを込めた。
「天よ──!地よ──!無力な我に大いなる力を与え給え!」
生きとし生けるもの──そのすべては天地の恩恵を賜ってこの世に存在している。人間の領域を越えた力を授かろうとするとき、天地が支配する無限の力を借りなければどうにもならない。そのことを、二度も命を失いかけた綿胡は自ずと感じ取っていた。
──「感じる…感じるぞ……。霊気が漲るってくる!これほどまでに大きな気を得たことは未だかつてない!」わが計らいを去って自らを天地に委ねたとき、綿胡は満ちわたる天地自然の力を得ることができた。いや──天地と一体となれたことで、天地が綿胡に応えたのかもしれない。
「よくやった!約束どおり霊神と私の力をくれてやる。これからはお前一人で戦うがよい…」その言葉と共に、心地よい眠気が綿胡を襲った。
その後、どのくらいの時間が過ぎたのか────次に目を覚ました綿胡は、それが一瞬のことのように思えた。
「うわっっっ!オ…オロチ…」目を覚ますと、綿胡はばかデカいオロチの傍らに倒れていた。いきなり大きな図体が目に飛び込んできて、慌てて逃げようと上半身を起こしかけたとき、腹の上に剣が乗っていることに気づいた。変化が起こったのは、綿胡が左手でその剣を無造作に握った瞬間だった。
「こいつは…!?」綿胡が剣の柄を強く握ると、その刃は三つ叉に別れた。「なんという剣なんだ!」刃にはそれぞれ違う特徴があった。両端の剣は、一本は太陽の如く眩い赤──一本は月の如く眩い青く──そして、真ん中の剣は透きとおった光を放ち、各々が威厳を放っていた。
しっかり握っていなければ弾かれそうな強い霊気を纏った〈日・月・光〉は──今まさに真の姿を現したのだった。
変化したのは〈日・月・光〉だけではなかった。綿胡自身も今までとは大きく違っていた。ずっと閉じていた第三の目は今まさに開眼し、身体の内側からは真紅の霊気が漲っていたのだ。
──「なんという力なんだ!熱い闘志が湧いてくる。これならばオロチと対等に戦えそうだ」改めて〈日・月・光〉をしっかりと握り直した綿胡は、臆することなくオロチと対峙したのだった。
オロチは八つの長い首をくねらせながらも、真っ赤に光る鬼灯のような眼球だけは、どれも綿胡から離れることなく睨んでいた。
──「さすがにオロチ…酔っていても隙がない…。だが、今の私なら正面から挑んでもなんとかなりそうな気がする…」一か八か──綿胡は自分に備わった能力を信じて、できるだけ高く飛んだ。綿胡の体はオロチの頭上を越え、そのままオロチの右端の頭を目がけて落下しはじめた。オロチは落ちてくる綿胡を一飲みにしてやろうと、大きな口を開けて待ち構えている。そんなオロチをからかうように、綿胡はオロチの鼻っ柱に片足を付くと隣の頭へと飛び移った。そこでも同様に上を向いて大口を開けているオロチだったが、綿胡は少しばかり体をずらしてオロチの角に足を掛け、その隣の頭へと移動した。そうやって〝がばっ〟と口を開けて待ち構えているオロチの頭の上を次々と飛び越し、とうとう一番左の頭まで移動した綿胡は、持っていた剣をオロチの口に噛ませて閉じられないようにしたのだった。
「まるで自分の体じゃないようだ…。悪いがお前の鬼灯を一ついただくぞ…」綿胡は左手に気を集中させ霊気を蓄えると、オロチの左目に指先を突っ込んだ。藻掻き苦しみ頭を振り回すオロチに振り落とされないよう、角にしっかりしがみついたまま、綿胡は鷲づかみにしたオロチの目玉をもぎ取った。
「よし!こいつの力量は判った。だが弱点は目玉ではなさそうだ…」
再び月は雲に隠れ、辺りは闇に覆われた──。綿胡はまるで、その対処法を以前から知っていたかのように両手に霊気を溜め込んでは、次々に八方に投げていった。茂った木に霊気が当たると、そこに明かりが灯る。松明の炎の色とは違って青白い発光色だ。ぐるりからの明かりが再びオロチの姿を照らし出したとき、いきなり空に異変が起きた──。
──「んっ…………雨…!?」はじめは〝ぽつり…ぽつり〟と頬に感じる程度だった雨は、いきなり体を叩くほどの大雨に変わった。
──「目も開けていられない……これでは不利だ…」綿胡は天に見捨てられたと思った。
だが──実はこれが綿胡にとって恵みの雨となったのだった。